森の魔女と託宣の誓い -龍の託宣5-

第3話 王の采配

 上座のひじ掛けで頬杖をつきながら、ハインリヒはしかめ(つら)(まぶた)を閉じていた。頭の中、歴代の王たちの無秩序な声が反響する。(きょう)の乗った夜会よりも、手のつけられない馬鹿騒ぎだ。

 薄く目を開いた先では、ひとりの貴族が糾弾(きゅうだん)されている。あの男は以前から悪政を続けていた伯爵だ。再三にわたる勧告にも上辺だけ応じるのみで、領民から税を搾取し放蕩の限りを尽くしていた。

(大方、財政がひっ迫して、何か悪どいことをやらかしたのだろうな)

 憶測なのは議会の会話が何も聞こえないからだ。王たちの記憶(おしゃべり)がうるさすぎて、繰り返される詰問は、一向にこの耳には届いてこない。

 ブラル宰相が不正の数々を挙げ連ねていく。ああいった場面は、王太子時代に幾度も目にしてきた。聞こえずとも流れなどは、容易に推測できるというものだ。いよいよ悪事を隠しおおせられなくなって、伯爵は今ここに立たされているのだろう。

 だが罪状を言い渡そうにも、ハインリヒに判断することは不可能だ。なにしろ本当に何も聞こえないのだから。

(こんなにも長い期間、放置していたから問題が大きくなるんだ……)

 父の代で適切な対処をしていれば、いたずらに領民が苦しむこともなかったはずだ。王太子であった頃はそう思っていたものの、いざ王の立場になって理解ができた。ディートリヒは対処しなかったのではなく、対処のしようがなかったということを。

 ――そうじゃそうじゃ、考えても無駄なこと!
 ――王冠などただの飾りに過ぎぬ!
 ――我ら王に決定権などない。国の歴史を見守るだけだ!

 王たちが口々に言う。中でもひとり甲高い笑いを発する王がいて、それがたまらなく気に(さわ)った。考える気力もとうに消え()せ、この状況がずっと続くのだと思うと気が滅入って仕方がない。

 この国の王の戴冠(たいかん)(おおむ)ね十六、七歳で行われ、平均在位は十八年だ。動乱の世ならともかくも、平和な国にしてみれば、若すぎる王な上、早すぎる退位と言えるだろう。王座に執着を見せることもなく、王太子に託宣の子ができればみな即座に退位する。ハインリヒとて絶対にそうするはずだ。その日が来ればこの異常事態から、きれいさっぱり解放されるのだから。

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