【4/24書籍発売】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「ねぇ、ライザ。その調合が終わったら、飲みに行かない? ワインの品揃えがいい店を見つけて、カミラと一緒に行こうって話しているの」
調合中、同僚のアナスタシアがそんな誘いをかけてきた。ライザは手を止めて少し考え、首を横に振った。
「ごめんなさい、素敵なお誘いだけどやめておくわ。どうも風邪が治りきっていないのか、熱っぽくて」
「あら、随分長引いているのね。一度お医者様に診ていただいたら?」
向かいで調合していた同僚のカミラが、心配そうに眉を寄せる。
「そこまでしんどいわけではないんだけど……。仕事も普通にこなせているし。でも、あんまり続くようなら診察を受けるわ」
「それがいいと思うわ。無理はしないでね」
カミラの言葉に笑顔で礼を言って、ライザは彼女らを見送った。あとは報告書を提出すれば、今日の業務は終了だ。
熱のせいか頭がぼーっとして集中力が途切れがちだ。いつもより時間をかけて報告書を完成させる頃には、もう残っているのはライザだけになっていた。
今日は早く寝ようと決めて、ライザは報告書を手に立ち上がる。
その途端に軽い眩暈を感じ、慌てて机に手をついて身体を支えた。
「……うぅ、目の前が真っ暗だわ」
ため息をついて、ライザは眩暈が治まるのを待った。
先日の風邪をこじらせたのか、ずっと微熱が続いている。仕事に支障が出るほどではないものの、じわじわと身体を蝕むような怠さがあって、最近は食欲も落ち気味だ。
イグナートと別れたことでこんなにも体調を崩すなんて、情けない。すっぱりと忘れられたら、体調も戻るのだろうか。
そんなことを考えていると眩暈が治まってきた。
「本当に、嫌になっちゃう。貧血かしら」
ようやくこれで動ける、と歩き出そうとしたライザの足は、踏み出す前に止まった。
「え、嘘、待って……そんな、まさか」
激しく打つ鼓動に動揺しながら、ライザはまさかと繰り返しつぶやく。
ずれることなく定期的に来ていた月のものが、しばらく来ていないことに気づいたのだ。それだけならストレスや体調を崩したせいだと理由づけることもできるだろうが、もっと大事なことをライザは思い出した。
周囲に誰もいないことを確認して、ライザは鞄の中からポーチを取り出す。口紅や手鏡に隠すように一番奥に入れている小さな容器。その中にあるのは、避妊薬だ。
中身を確認して、ライザは思わず頭を抱えた。
「……どうしよう。飲み忘れてる」
いつも、イグナートに抱かれたあとは避妊薬を飲んでいた。だが最後に抱かれた日、彼の執務室で行為をしたあの日に、薬を飲んだ記憶がないのだ。
普段と違う場所で抱かれたことで、うっかりしていた。
「もしかして……いいえ、ありえないわ」
口では否定してみるものの、ライザの手は小さく震えている。
微熱や倦怠感、食欲低下――。そのどれもが、ある一つの単語を想像させる。
気のせいか吐き気まで感じて、ライザは思わず口元を覆った。
数日後、ライザ王都の外れにある診療所を訪ねた。知っている顔に会わないことを祈りつつ、眼鏡をかけ髪型を変えて変装している。
看板に書かれた文字は、産婦人科。
あれから何度も、どこかで薬を飲んだ記憶がないかと必死で思い出してみたのだが、やはり飲み忘れに間違いない。
体調不良は風邪をこじらせているだけだと言い訳してみても、最近は吐き気に襲われることも増えた。食べ物を見ただけで気持ち悪くなるので、最近は喉越しのいい果物を少量口にするのがやっとだ。
顔色が悪く痩せたようだと同僚にも心配されて、このまま放置することはできないとライザは覚悟を決めたのだ。
「――妊娠してますね」
予想通りの医師の言葉に、ライザは小さくため息をついた。
心の中を占めるのは、やっぱりかという思い。
「産み月は、恐らく秋頃になるかと。今が悪阻の一番辛い時だと思うので、無理せず過ごしてください」
説明を聞きながら、ライザはこれからのことについて考えていた。
両親には、報告しないほうがいいだろう。いないものとして扱われているとはいえ、伯爵令嬢が未婚で子供を産むことを受け入れるとは思えない。
仕事も、今の場所で続けるのは難しいだろう。妊娠が知られれば相手は誰なのかと聞かれるに違いないし、噂が巡ってライザの妊娠が両親の耳に入ることは避けたい。
癒し手の仕事はどこででも続けられるし、早いうちに知り合いのいない土地に引っ越すべきだろう。
そしてもちろん、ライザは妊娠をイグナートに知らせるつもりはない。婚外子なんて後継争いの種にしかならないし、彼とまた会える日なんて来ないのだから。
父親のいない子にしてしまうことは申し訳ないが、幸いにもライザには貯蓄がある。これといった趣味もなく、物欲もあまりないライザは、給料のほとんどを貯めていたのだ。
贅沢をしなければ、親子二人で生きていくことはできるだろう。
心の中で決意を固めて、ライザはそっとお腹を撫でた。
調合中、同僚のアナスタシアがそんな誘いをかけてきた。ライザは手を止めて少し考え、首を横に振った。
「ごめんなさい、素敵なお誘いだけどやめておくわ。どうも風邪が治りきっていないのか、熱っぽくて」
「あら、随分長引いているのね。一度お医者様に診ていただいたら?」
向かいで調合していた同僚のカミラが、心配そうに眉を寄せる。
「そこまでしんどいわけではないんだけど……。仕事も普通にこなせているし。でも、あんまり続くようなら診察を受けるわ」
「それがいいと思うわ。無理はしないでね」
カミラの言葉に笑顔で礼を言って、ライザは彼女らを見送った。あとは報告書を提出すれば、今日の業務は終了だ。
熱のせいか頭がぼーっとして集中力が途切れがちだ。いつもより時間をかけて報告書を完成させる頃には、もう残っているのはライザだけになっていた。
今日は早く寝ようと決めて、ライザは報告書を手に立ち上がる。
その途端に軽い眩暈を感じ、慌てて机に手をついて身体を支えた。
「……うぅ、目の前が真っ暗だわ」
ため息をついて、ライザは眩暈が治まるのを待った。
先日の風邪をこじらせたのか、ずっと微熱が続いている。仕事に支障が出るほどではないものの、じわじわと身体を蝕むような怠さがあって、最近は食欲も落ち気味だ。
イグナートと別れたことでこんなにも体調を崩すなんて、情けない。すっぱりと忘れられたら、体調も戻るのだろうか。
そんなことを考えていると眩暈が治まってきた。
「本当に、嫌になっちゃう。貧血かしら」
ようやくこれで動ける、と歩き出そうとしたライザの足は、踏み出す前に止まった。
「え、嘘、待って……そんな、まさか」
激しく打つ鼓動に動揺しながら、ライザはまさかと繰り返しつぶやく。
ずれることなく定期的に来ていた月のものが、しばらく来ていないことに気づいたのだ。それだけならストレスや体調を崩したせいだと理由づけることもできるだろうが、もっと大事なことをライザは思い出した。
周囲に誰もいないことを確認して、ライザは鞄の中からポーチを取り出す。口紅や手鏡に隠すように一番奥に入れている小さな容器。その中にあるのは、避妊薬だ。
中身を確認して、ライザは思わず頭を抱えた。
「……どうしよう。飲み忘れてる」
いつも、イグナートに抱かれたあとは避妊薬を飲んでいた。だが最後に抱かれた日、彼の執務室で行為をしたあの日に、薬を飲んだ記憶がないのだ。
普段と違う場所で抱かれたことで、うっかりしていた。
「もしかして……いいえ、ありえないわ」
口では否定してみるものの、ライザの手は小さく震えている。
微熱や倦怠感、食欲低下――。そのどれもが、ある一つの単語を想像させる。
気のせいか吐き気まで感じて、ライザは思わず口元を覆った。
数日後、ライザ王都の外れにある診療所を訪ねた。知っている顔に会わないことを祈りつつ、眼鏡をかけ髪型を変えて変装している。
看板に書かれた文字は、産婦人科。
あれから何度も、どこかで薬を飲んだ記憶がないかと必死で思い出してみたのだが、やはり飲み忘れに間違いない。
体調不良は風邪をこじらせているだけだと言い訳してみても、最近は吐き気に襲われることも増えた。食べ物を見ただけで気持ち悪くなるので、最近は喉越しのいい果物を少量口にするのがやっとだ。
顔色が悪く痩せたようだと同僚にも心配されて、このまま放置することはできないとライザは覚悟を決めたのだ。
「――妊娠してますね」
予想通りの医師の言葉に、ライザは小さくため息をついた。
心の中を占めるのは、やっぱりかという思い。
「産み月は、恐らく秋頃になるかと。今が悪阻の一番辛い時だと思うので、無理せず過ごしてください」
説明を聞きながら、ライザはこれからのことについて考えていた。
両親には、報告しないほうがいいだろう。いないものとして扱われているとはいえ、伯爵令嬢が未婚で子供を産むことを受け入れるとは思えない。
仕事も、今の場所で続けるのは難しいだろう。妊娠が知られれば相手は誰なのかと聞かれるに違いないし、噂が巡ってライザの妊娠が両親の耳に入ることは避けたい。
癒し手の仕事はどこででも続けられるし、早いうちに知り合いのいない土地に引っ越すべきだろう。
そしてもちろん、ライザは妊娠をイグナートに知らせるつもりはない。婚外子なんて後継争いの種にしかならないし、彼とまた会える日なんて来ないのだから。
父親のいない子にしてしまうことは申し訳ないが、幸いにもライザには貯蓄がある。これといった趣味もなく、物欲もあまりないライザは、給料のほとんどを貯めていたのだ。
贅沢をしなければ、親子二人で生きていくことはできるだろう。
心の中で決意を固めて、ライザはそっとお腹を撫でた。