【書籍化決定】身体だけの関係だったはずの騎士団長に、こっそり産んだ双子ごと愛されています
「まさか、こんなところで会うとは思わなかったな。大丈夫か、ライザ」
「大丈夫……」
笑ってみせようと思ったが、うまく笑えているか分からない。頬が引きつるのを感じて、ライザはうつむいた。
「アナスタシアから聞いた話は、本当だったのね。きっと、お金のために私を差し出す約束をしていたんだわ」
「ライザ」
「いないものとして扱うのなら、最後までそうしてくれればよかったのに。都合のいい時だけ娘だなんて言って、結局私をお金を稼ぐ道具としてしか見ていないくせに……」
吐き出した声が震える。ずっと空気のような扱いをされて、そんな環境から逃げ出したくてライザは家を出た。
一人の生活はそれなりに幸せだったけれど、アントノーヴァの名前を見かけるたびに、胸の奥がざわめいた。
自分はいらない子なのだという思いはずっと心の奥底で燻っていたし、だからこそ自分を必要としてくれる人や幸せな家庭というものに憧れていた。
イグナートとの子供を授かって、彼と一緒に暮らせることになって、ようやく幸せになれると思っていたのに。
「あの人たちに、家族として受け入れてほしいわけじゃないの。ただ、もう私のことは放っておいてほしいだけなの……」
こぼれ落ちる涙は、家族を恋しがっているからではないのだとライザは必死に訴える。彼らのもとに戻りたいと思ったことなんて、一度だってない。
「分かってる。ライザの家族は俺と子供たちだ。あの人たちには渡さない」
強く抱き寄せて、イグナートが囁く。この腕の中にずっといたいと思いながら、ライザもイグナートの背に手を回した。
しばらく抱きしめていたイグナートは、ライザが落ち着きを取り戻したのを見て、ゆっくりと抱きしめる腕の力を緩めた。
「ずっと、考えていたことがあるんだが」
目尻に残った涙に口づけたあと、イグナートはライザの顔をのぞき込んだ。
「考えていたこと?」
「あぁ。ライザとの結婚を、アントノーヴァ伯爵家に反対させないための計画だ」
「計画……?」
首をかしげると、イグナートは深くうなずいた。だが、その表情はどこか浮かない。
「ただし、アントノーヴァ家との縁を完全に切ることになる。俺の勝手でライザにそこまで求めていいのかと、まだ迷ってる」
「ずっと、あの家に私の居場所はなかったもの。これまでだって、縁を切ったも同然だったわ」
だからイグナートの言う『計画』を教えてほしいと見つめると、彼はうなずいてゆっくりと口を開いた。
「メーレフ公爵を知ってるだろう?」
「え? えぇ、もちろんよ」
突然上がった名前に戸惑いつつ、ライザはうなずく。メーレフ公爵は王立医療院の名誉院長で、ライザも癒し手として働いていた頃は何度か顔を合わせたことがある。癒し手のいる医療院を各地に広めたのも公爵で、国ではかなりの力を持つ人物として知られているはずだ。
ライザの返答に、イグナートもうなずいた。
「ちょっとややこしいんだが、メーレフ公爵は祖母の兄――つまり俺から見て大伯父にあたる人なんだ」
「えぇと、イグナートのおばあ様……ということは、王弟殿下の奥様の、お兄様……でいいのかしら」
頭の中で家系図を思い浮かべながらつぶやくと、イグナートがその通りだとうなずいた。
「それで、ライザを公爵の養子にできたらと考えている。成人した者は、養子縁組をするのに親の許可を必要としない。公爵家には、さすがにアントノーヴァ家も手出しできないだろう」
「え……」
突然の提案にライザは困惑して言葉を失う。だが、イグナートは真剣な表情だ。
「前から考えていたことなんだ。まだライザの名前は出していないが、大伯父には了承を得ている。結婚を反対されるなら、ライザを大切にしない親とは縁を切って、これくらい強引な手段に出たっていいんじゃないかって」
「で、でも、ご迷惑をおかけすることになるんじゃ……」
「大丈夫だ。ライザが癒し手として真面目に働いていたことは大伯父も知っているだろうし、反対するわけがない。迷惑かもしれないなんて、考えなくていい」
「そうは言っても……」
思った以上の大きな話で、さすがに素直に受け入れることができない。そんなライザの手を、イグナートはぐっと強く握りしめた。
「どうか、俺たち家族の未来のことだけ考えてくれ。俺がライザと子供たちを絶対に守るのはもちろんだが、使えるものは何でも使うべきだ。俺たちの味方になってくれる人をできるだけ増やしておくほうが、きみの両親と対峙しやすい」
「私だって、あなたと子供たちと幸せに暮らしたいと思ってるわ。だけど、メーレフ公爵の養子にしていただくかどうかは、今すぐうなずけない……。だって、ちゃんとお会いして公爵に事情をお話ししなくちゃ」
「それなら、今すぐ行こう。大伯父が問題ないと言えば、ライザはいいんだろう?」
「そ、そうだけど……え、待って今から?」
「大丈夫。昔から大伯父には可愛がってもらってるんだ」
ライザが止める間もなく、イグナートは目的地をメーレフ公爵家に変更するようにと御者に声をかける。
先触れもなくそんな失礼をおかすわけにはいかないと慌てるライザをよそに、馬車は向きを変え、軽快に走り出した。
「大丈夫……」
笑ってみせようと思ったが、うまく笑えているか分からない。頬が引きつるのを感じて、ライザはうつむいた。
「アナスタシアから聞いた話は、本当だったのね。きっと、お金のために私を差し出す約束をしていたんだわ」
「ライザ」
「いないものとして扱うのなら、最後までそうしてくれればよかったのに。都合のいい時だけ娘だなんて言って、結局私をお金を稼ぐ道具としてしか見ていないくせに……」
吐き出した声が震える。ずっと空気のような扱いをされて、そんな環境から逃げ出したくてライザは家を出た。
一人の生活はそれなりに幸せだったけれど、アントノーヴァの名前を見かけるたびに、胸の奥がざわめいた。
自分はいらない子なのだという思いはずっと心の奥底で燻っていたし、だからこそ自分を必要としてくれる人や幸せな家庭というものに憧れていた。
イグナートとの子供を授かって、彼と一緒に暮らせることになって、ようやく幸せになれると思っていたのに。
「あの人たちに、家族として受け入れてほしいわけじゃないの。ただ、もう私のことは放っておいてほしいだけなの……」
こぼれ落ちる涙は、家族を恋しがっているからではないのだとライザは必死に訴える。彼らのもとに戻りたいと思ったことなんて、一度だってない。
「分かってる。ライザの家族は俺と子供たちだ。あの人たちには渡さない」
強く抱き寄せて、イグナートが囁く。この腕の中にずっといたいと思いながら、ライザもイグナートの背に手を回した。
しばらく抱きしめていたイグナートは、ライザが落ち着きを取り戻したのを見て、ゆっくりと抱きしめる腕の力を緩めた。
「ずっと、考えていたことがあるんだが」
目尻に残った涙に口づけたあと、イグナートはライザの顔をのぞき込んだ。
「考えていたこと?」
「あぁ。ライザとの結婚を、アントノーヴァ伯爵家に反対させないための計画だ」
「計画……?」
首をかしげると、イグナートは深くうなずいた。だが、その表情はどこか浮かない。
「ただし、アントノーヴァ家との縁を完全に切ることになる。俺の勝手でライザにそこまで求めていいのかと、まだ迷ってる」
「ずっと、あの家に私の居場所はなかったもの。これまでだって、縁を切ったも同然だったわ」
だからイグナートの言う『計画』を教えてほしいと見つめると、彼はうなずいてゆっくりと口を開いた。
「メーレフ公爵を知ってるだろう?」
「え? えぇ、もちろんよ」
突然上がった名前に戸惑いつつ、ライザはうなずく。メーレフ公爵は王立医療院の名誉院長で、ライザも癒し手として働いていた頃は何度か顔を合わせたことがある。癒し手のいる医療院を各地に広めたのも公爵で、国ではかなりの力を持つ人物として知られているはずだ。
ライザの返答に、イグナートもうなずいた。
「ちょっとややこしいんだが、メーレフ公爵は祖母の兄――つまり俺から見て大伯父にあたる人なんだ」
「えぇと、イグナートのおばあ様……ということは、王弟殿下の奥様の、お兄様……でいいのかしら」
頭の中で家系図を思い浮かべながらつぶやくと、イグナートがその通りだとうなずいた。
「それで、ライザを公爵の養子にできたらと考えている。成人した者は、養子縁組をするのに親の許可を必要としない。公爵家には、さすがにアントノーヴァ家も手出しできないだろう」
「え……」
突然の提案にライザは困惑して言葉を失う。だが、イグナートは真剣な表情だ。
「前から考えていたことなんだ。まだライザの名前は出していないが、大伯父には了承を得ている。結婚を反対されるなら、ライザを大切にしない親とは縁を切って、これくらい強引な手段に出たっていいんじゃないかって」
「で、でも、ご迷惑をおかけすることになるんじゃ……」
「大丈夫だ。ライザが癒し手として真面目に働いていたことは大伯父も知っているだろうし、反対するわけがない。迷惑かもしれないなんて、考えなくていい」
「そうは言っても……」
思った以上の大きな話で、さすがに素直に受け入れることができない。そんなライザの手を、イグナートはぐっと強く握りしめた。
「どうか、俺たち家族の未来のことだけ考えてくれ。俺がライザと子供たちを絶対に守るのはもちろんだが、使えるものは何でも使うべきだ。俺たちの味方になってくれる人をできるだけ増やしておくほうが、きみの両親と対峙しやすい」
「私だって、あなたと子供たちと幸せに暮らしたいと思ってるわ。だけど、メーレフ公爵の養子にしていただくかどうかは、今すぐうなずけない……。だって、ちゃんとお会いして公爵に事情をお話ししなくちゃ」
「それなら、今すぐ行こう。大伯父が問題ないと言えば、ライザはいいんだろう?」
「そ、そうだけど……え、待って今から?」
「大丈夫。昔から大伯父には可愛がってもらってるんだ」
ライザが止める間もなく、イグナートは目的地をメーレフ公爵家に変更するようにと御者に声をかける。
先触れもなくそんな失礼をおかすわけにはいかないと慌てるライザをよそに、馬車は向きを変え、軽快に走り出した。