あの日 カサブランカで
 
「素敵な3日間をありがとうございました」

「ぼくこそ、良い思い出ができました」

 3日ぶりのカサブランカの空港の出発ロビーは、時間帯のせいもあって賑わっていた。

「実はぼくもリスボンへ行きたかったんだけど休みが取れなくて…」

 これから地中海対岸にあるポルトガルのリスボンへ向かう麻美に、圭一が残念そうな顔で言う。

 カサブランカからリスボンまではわずか1時間半ほどのフライトなのだ。

「明日からもうお仕事ですか?」

 休みは4日間だけだから、と言った彼の顔を見て麻美が少し悲しそうな表情を見せた。

 また何かの縁があったら、と言って圭一が列車の中で渡してくれた名刺は英語とアラビア語で表記された駐在先ドバイのものだった。

「帰りもドバイ経由でしょ?」

「はい、でも乗り継ぎだけなので…」

 ドバイで会えたらうれしいのに、と思っていた麻美だったが、変更などできない格安チケットだったのでそれは叶わないことだった。

「日本へ帰ったらメールしますから」

「うん、待ってます」

 一緒に出国手続きを済ませたふたりはそれぞれの搭乗ゲートを確かめると小さなスタンドで、すっかり味を覚えたモロッコティーを頼んだ。

 このお茶はこれで何度目だろう、と麻美は考えながら、紙コップに注がれたそれは少し塩味がしたような気がしたが、こらえていた涙の味だとわかるまでに時間はかからなかった。

「それじゃあ、気をつけていってらっしゃい」

 そう声をかけてひと足先にドバイへ向けて出発する圭一を搭乗口で見送ると麻美は、こぼれそうになる涙をおさえるように大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。

(まだ時間はある…)

 麻美は待合のベンチへ戻ると、窓の向こうに駐機しているドバイ行きの飛行機を見つめていた。

(いつかまた会えるだろうか…)

 そんなことを漠然と考えているうちに時間は過ぎ、圭一を乗せた飛行機は静かに滑走路へと動き始める。

 機影が窓のフレームから外れるまで立って見送った麻美がもう一度大きく深呼吸をして(きびす)を返し、リスボン行きの搭乗口へゆっくりと歩き始めたカサブランカ空港の空には雲ひとつなく抜けるようなモロッコブルーが広がっていた。

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