だから愛は嫌だ~虐げられた令嬢が訳あり英雄王子と偽装婚約して幸せになるまで~
16 何が可愛い?
ロバートと無事に婚約解消できると分かって、気が抜けてしまっていたのかもしれない。
気がつけば、ディアナの口から「可愛い」と言う言葉が漏れていた。
ライオネルに「何が可愛いんだ?」と尋ねられて、ディアナの顔からサァと血の気が引いていく。
(私ったら、殿下の前でなんてご無礼を!)
すぐに「大変申し訳ありません」と謝ると、ライオネルは首を左右に振る。
「謝ってほしいのではない。俺はただ、あなたが今、何を可愛いと思ったのか知りたいだけだ」
控えているカーラも不思議そうに室内を見回し、可愛いものを探している。しかし、王宮の来客室には、美しいものや高級なものはあっても、可愛いものは見当たらない。
「それは、あの……」
どうにか誤魔化そうとしたが、あせって考えがまとまらない。
(ど、どうしましょう。可愛いのは殿下の蝶だけど、まだ幻覚が見えているなんて言ったら心配されてしまうわ。それに、幻覚の蝶のおかげで相手が強く思っていることが分かるなんて、気持ち悪がられるかも……)
せっかく契約婚約の話がまとまったのに、不気味がられて契約自体がなくなってしまったら大変だ。
「さ、先ほどの言葉は、お気になさらず……。それでご相談の件なのですが、法律に詳しい方を紹介していただきたく」
「相談はあとで詳しく聞こう。その前に、これから婚約者になるあなたの好みを、俺は知っておきたい」
ライオネルの瞳がディアナをまっすぐ見つめている。
(殿下は誠実な方なのね……)
思い返せば、婚約者のロバートから好みを聞かれたことが一度もなかった。「何がお好きですか?」と尋ねるのは、いつもディアナだけ。
しかも、尋ねても答えが「特にない」や「なんでもいい」だったので、参考にならなかった。
(ライオネル殿下は、私にきちんと向き合ってくださろうとしているのだわ。だったらやっぱり、私も幻覚の蝶のことを正直に話したほうがいいわよね?)
ディアナは覚悟を決めた。
「先ほどの可愛いは、その……。で、殿下の……」
「俺の?」
一度は覚悟を決めたものの、いざとなったらやはり『幻覚の蝶です』とは言えない。伝えた結果、ロバートと婚約解消できずにこのまま結婚することになってしまったらと思うとディアナの体が震える。
「で、殿下です! 可愛いのは殿下です! その、一瞬だけ殿下が可愛く見えてしまったのです! どうかご無礼をお許しください!」
ディアナは、両手をぎゅっと握りしめながら『嘘はついてないわ。殿下の蝶は、殿下だもの』と自分に必死に言い聞かせる。
カランと音がしたほうを見ると、カーラが目と口を大きく開けた状態で固まり、羽ペンを床に落としていた。
ライオネルの蝶の言葉も複雑すぎて聞き取れない。
なんとも言えない空気の中、羽ペンを拾ったカーラが「き、騎士団内の法律に詳しい者を呼んできます」と言い、逃げるように部屋から出ていく。
ディアナはつい『カーラ様、置いていかないで……』と思ってしまったが、こんないたたまれない空気を作り出したのは自分だ。ここから逃げるわけにはいかない。
首をかしげながらライオネルは、自身の仮面に触れた。
「あなたと話していると、自分が仮面をつけていることを忘れてしまいそうになる」
「殿下……」
仮面のことに触れていいのか、ディアナには分からない。
「あなたには、見せておこう」
「え?」
ディアナが戸惑っているうちに、ライオネルはあっさりと仮面を外してしまった。
貴族達に『残虐王子』と恐れられ、ライオネル自身も『醜い男』と言っていた彼の素顔からディアナは目が離せない。
そこには、まばゆい金髪と知的な青い瞳を持つ美しい青年がいる。しかし、重要なことはそれではなかった。
仮面の下に隠されていた顔は、彼の兄である王太子にそっくりなのだ。
ディアナが「王太子、殿下?」と呟くと、ライオネルはかすかに口元を緩める。
「やはり、似ているか」
似ているなんてものじゃなかった。ライオネルが「実は王太子でした」と言ったら信じてしまいそうなくらいだ。
「も、もしかして、双子ですか?」
ディアナの問いに、ライオネルは首を振る。
「いいや、双子ではない。似ているだけの兄弟だ。見比べるとけっこう違いがあるんだがな」
「ど、どうして、仮面を?」
ライオネルが言っていた醜い男なんて、どこにもいない。返事をする代わりに、ライオネルは前髪をかき上げた。額に切り傷が見える。
「昔、命を狙われたことがあってな。これは、そのときにできた傷だ。仮面は命を守るためにつけている」
「命を……。では、醜い男というのは……?」
そのとたんに、ライオネルの蝶が『言いたくない』と囁いたので、ディアナは『これ以上踏み込んではいけない』とすぐに会話を切り上げた。
「失礼しました」
「いや、機会があれば話そう」
そう言いながらも蝶は『話したくない』と呟いている。
ディアナは、話題を変えるためにライオネルに尋ねた。
「殿下は、どうして私に仮面の下を見せてくださったのですか?」
「そうだな……。俺の素顔が可愛いかどうか、ディアナ嬢に確かめてもらおうと思ってな」
「え?」
無表情になったライオネルとは対照的に、彼の蝶が『すべった!』とわたわたしている。
(もしかして、冗談を言って場を和ませようとしてくれたのかしら?)
やはりライオネルの蝶は可愛い。ディアナがクスッと笑うと、頭上から花びらが降ってきた。
気がつけば、ディアナの口から「可愛い」と言う言葉が漏れていた。
ライオネルに「何が可愛いんだ?」と尋ねられて、ディアナの顔からサァと血の気が引いていく。
(私ったら、殿下の前でなんてご無礼を!)
すぐに「大変申し訳ありません」と謝ると、ライオネルは首を左右に振る。
「謝ってほしいのではない。俺はただ、あなたが今、何を可愛いと思ったのか知りたいだけだ」
控えているカーラも不思議そうに室内を見回し、可愛いものを探している。しかし、王宮の来客室には、美しいものや高級なものはあっても、可愛いものは見当たらない。
「それは、あの……」
どうにか誤魔化そうとしたが、あせって考えがまとまらない。
(ど、どうしましょう。可愛いのは殿下の蝶だけど、まだ幻覚が見えているなんて言ったら心配されてしまうわ。それに、幻覚の蝶のおかげで相手が強く思っていることが分かるなんて、気持ち悪がられるかも……)
せっかく契約婚約の話がまとまったのに、不気味がられて契約自体がなくなってしまったら大変だ。
「さ、先ほどの言葉は、お気になさらず……。それでご相談の件なのですが、法律に詳しい方を紹介していただきたく」
「相談はあとで詳しく聞こう。その前に、これから婚約者になるあなたの好みを、俺は知っておきたい」
ライオネルの瞳がディアナをまっすぐ見つめている。
(殿下は誠実な方なのね……)
思い返せば、婚約者のロバートから好みを聞かれたことが一度もなかった。「何がお好きですか?」と尋ねるのは、いつもディアナだけ。
しかも、尋ねても答えが「特にない」や「なんでもいい」だったので、参考にならなかった。
(ライオネル殿下は、私にきちんと向き合ってくださろうとしているのだわ。だったらやっぱり、私も幻覚の蝶のことを正直に話したほうがいいわよね?)
ディアナは覚悟を決めた。
「先ほどの可愛いは、その……。で、殿下の……」
「俺の?」
一度は覚悟を決めたものの、いざとなったらやはり『幻覚の蝶です』とは言えない。伝えた結果、ロバートと婚約解消できずにこのまま結婚することになってしまったらと思うとディアナの体が震える。
「で、殿下です! 可愛いのは殿下です! その、一瞬だけ殿下が可愛く見えてしまったのです! どうかご無礼をお許しください!」
ディアナは、両手をぎゅっと握りしめながら『嘘はついてないわ。殿下の蝶は、殿下だもの』と自分に必死に言い聞かせる。
カランと音がしたほうを見ると、カーラが目と口を大きく開けた状態で固まり、羽ペンを床に落としていた。
ライオネルの蝶の言葉も複雑すぎて聞き取れない。
なんとも言えない空気の中、羽ペンを拾ったカーラが「き、騎士団内の法律に詳しい者を呼んできます」と言い、逃げるように部屋から出ていく。
ディアナはつい『カーラ様、置いていかないで……』と思ってしまったが、こんないたたまれない空気を作り出したのは自分だ。ここから逃げるわけにはいかない。
首をかしげながらライオネルは、自身の仮面に触れた。
「あなたと話していると、自分が仮面をつけていることを忘れてしまいそうになる」
「殿下……」
仮面のことに触れていいのか、ディアナには分からない。
「あなたには、見せておこう」
「え?」
ディアナが戸惑っているうちに、ライオネルはあっさりと仮面を外してしまった。
貴族達に『残虐王子』と恐れられ、ライオネル自身も『醜い男』と言っていた彼の素顔からディアナは目が離せない。
そこには、まばゆい金髪と知的な青い瞳を持つ美しい青年がいる。しかし、重要なことはそれではなかった。
仮面の下に隠されていた顔は、彼の兄である王太子にそっくりなのだ。
ディアナが「王太子、殿下?」と呟くと、ライオネルはかすかに口元を緩める。
「やはり、似ているか」
似ているなんてものじゃなかった。ライオネルが「実は王太子でした」と言ったら信じてしまいそうなくらいだ。
「も、もしかして、双子ですか?」
ディアナの問いに、ライオネルは首を振る。
「いいや、双子ではない。似ているだけの兄弟だ。見比べるとけっこう違いがあるんだがな」
「ど、どうして、仮面を?」
ライオネルが言っていた醜い男なんて、どこにもいない。返事をする代わりに、ライオネルは前髪をかき上げた。額に切り傷が見える。
「昔、命を狙われたことがあってな。これは、そのときにできた傷だ。仮面は命を守るためにつけている」
「命を……。では、醜い男というのは……?」
そのとたんに、ライオネルの蝶が『言いたくない』と囁いたので、ディアナは『これ以上踏み込んではいけない』とすぐに会話を切り上げた。
「失礼しました」
「いや、機会があれば話そう」
そう言いながらも蝶は『話したくない』と呟いている。
ディアナは、話題を変えるためにライオネルに尋ねた。
「殿下は、どうして私に仮面の下を見せてくださったのですか?」
「そうだな……。俺の素顔が可愛いかどうか、ディアナ嬢に確かめてもらおうと思ってな」
「え?」
無表情になったライオネルとは対照的に、彼の蝶が『すべった!』とわたわたしている。
(もしかして、冗談を言って場を和ませようとしてくれたのかしら?)
やはりライオネルの蝶は可愛い。ディアナがクスッと笑うと、頭上から花びらが降ってきた。