縁結びの神様、恋を知る
あ、もう…!
思わず手で顔を覆った私の横で、康親様は眉をぐぐっと下げて、うるうるとした瞳を私に向けている。
「天音たん……お願い、許して……?」
―――嘘泣きだ。絶対、演技だ。
(ここで許したら、後々お金せびられそう…)
と、自分にそう言い聞かせる。
だってこの神様、前科がある。
昔、勝手に私の着物を盗んで売り払ったことがあったのだ。
問い詰めたら、「賭け事がしたかったから」と意味不明な言い訳を並べてきた。
その後、ちゃんと紗霧様に三時間にも渡るお説教を食らってた。
まぁ、お説教の時間は私が夜遅くに帰ってきた時より短いけど。
あの時は紗霧様に加え、翡翠(ひすい)様もいたからなぁ…。

二年一組。ざわざわとした教室の中で、私はノートにペンを走らせていた。
「天音ー、プリント取ってー」
「はーい」
振り向いて紙束を貰う。渡されたプリントを手際よく配っていくと、隣の席の真央がひょいと覗き込んできた。
「ねぇ天音ってさ、今日またぼーっとしてたでしょ。朝、坂道の途中で声かけてもひとりごと言っていたし」
「え、そうだった?ごめん!」
慌てて頭を下げると、真央は小さく笑った。
「もう、天然すぎ〜。夢でも見てたんじゃないの?」
「う〜ん……そう、かも?」
康親様達は、普通の人間には視えない。
けれど、“視ようと思えば”普通の人間でも視える。
なんてご都合主義な能力なんだろうか。
他の人からしたら、私が誰もいないところに向かって喋っている奇妙な光景に見えただろう。
窓の外を見ると、校庭の桜が春風に揺れていた。
その花びらが一枚、ひらりと教室に舞い込む。
白と淡い桃色の光の粒が私の机の上に落ち、そっと指でつまむ。
一瞬、何か温かいものが指先をかすめた気がした。
けれど、気付けば花びらはもうそこにはなかった。
「あ、そうだ、天音。今日の放課後空いてる?」
すると、急に思い付いたように聞いてきた。
「うん、空いてるよ」
「良かった〜。駅前のケーキ屋さんにお茶しに行こうよ」
「え、ケーキ?行ってみたい!!」
私が目を輝かすと、真央ちゃんはサッとスマホの画面を私に向けてきた。
そこにはオシャレなケーキ屋さんの外観と、美味しそうなケーキの写真が何枚も載っていた。
「この店、学校から結構近いんだよ。この前、テレビでも紹介されたって」
「美味しそう!」
「でしょ?じゃあ決まりね」
「うん!」
どうしよう、友達と放課後にケーキ屋さんに寄るなんて、人生で初めてかもしれない。
しかも、私の好きなケーキが何種類も...楽しみだな〜!!

お昼休み、私は放課後の約束が楽しみで仕方なくて、ウキウキしながら廊下を歩いていたら、すれ違い様、誰かにポンと肩を叩かれた。
「何か嬉しいことでもあったの?」
誰かと思えばその相手は、泰親様。
嬉しいのが顔に出てたかと思うと、何だか少し恥ずかしい。
人気のない場所に連れて行き、話す。
「えっと、放課後に友達と遊ぶ約束したから、それが楽しみで」
「へ〜、良かったね。僕もついて行って良い?」
この神様、暇なの??
「ダメ」
「お願いだよ〜」
「ダメ」
「何で〜?」
「だってついて行ったらちょっかいかけるじゃん」
「ちゃんと人間のフリするからさ〜。お願いだよ〜」
泰親様は子供みたいに両手を合わせ、目だけで笑っていた。
「……ほんとに、ちょっかい出さない?」
「出さない、出さない」
「絶対?」
「絶対」
仕方なく、私はため息をついて頷いた。
「……一緒に来ても良いけど、遠目から見るだけだからね。あと他の二人には絶対に言わないで!」
バレたら絶対面倒くさいことになる。
「分かった〜!」

放課後。
チャイムが鳴ると同時に、私は筆箱を閉じて立ち上がった。
教室の窓から差し込む夕方の光が、机の上を橙色に染めている。
「天音ー!準備できた?」
真央が鞄を肩にかけて、笑顔で手を振った。
「うん、行こっか」
廊下を抜けると、春風が頬を撫でた。
いつもならまっすぐ家へ帰る道を、今日は違う方向へ。
それだけで、胸が少しだけ弾む。
「ねぇ天音、このお店ね、ケーキの種類がめちゃくちゃ多いんだよ!」
「ほんと? 楽しみ!」
そんな会話をしながら、校門を出る。
その少し後ろに康親様が歩いていた。
(……ほんとに人間のフリしてる)
いつもの狩衣ではなくジャージ姿。いつも通りの一本下駄。
絶対に合わない格好だが、妙に似合っているのが、また腹立たしい。
「ねぇ天音、今誰か見た?」
真央の声に、心臓が一瞬止まりかけた。
「え?えっと、な、何も見てないよ?」
「そっか。なんか、今すごいイケメンが通った気がしてさ〜」
凄いね、真央のイケメンセンサー。
……だからって、神様を“イケメン”認定しないでほしい。紗霧様や翡翠様ならともかく、泰親様がモテたら世も末だよ。
駅前のケーキ屋さんは、ガラス越しに暖かい光がこぼれていた。
ショーケースには宝石みたいなケーキがずらりと並び、甘い香りが鼻をくすぐる。
「うわぁ……全部美味しそう!」
「でしょ?私はこのイチゴのタルトにする!」
真央は嬉しそうにトレーを手に取る。
「じゃあ、私はレモンタルト〜」
トングでお目当てのケーキを取り、お会計を済ませて店内で食べる。
「このケーキ、美味しい!」
真央がうっとりとした表情で呟くのを横に、私も目の前のレモンタルトに手を伸ばす。
一口食べた途端、爽やかな酸味と甘みが広がった。
「美味しい!」
あまりの美味しさに、目を輝かす。
「やっぱりこの店にして良かったね」
「うん。めちゃくちゃ美味しい!!」
レモンタルトを頬張りながら、ちらちらと斜め前に座っている泰親様を見た。
なんてことない笑顔でシュークリームを食べていた。
そして隣には鬼の形相のような目で私を凝視してくる紗霧様、それを挟んで翡翠様が座っている。
(何で二人もいるの!?絶対言ったよね!?言わないでってお願いしたのに〜......)
紗霧様も翡翠様も和服から洋服に着替えているのであまり目立たないが、オーラが...特に紗霧様の目が怖い。怒ると雷が落ちるんだよね〜......当たったら痛い。
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