朝から月まで
第六章
再会
朝陽が目覚めると、そこは病院の一室だった。
「朝陽!」
月の声がした。
「よかった……」
その顔は安堵している。いったい何があったのか――。
「大学で倒れたらしいんだ」
やっと思い出す。
「母さん……」
たしか、美空と通話が繋がって――。
「何?」
意外な声が聞こえてきて、月とは反対側へ視線を向けた――そこに美空がいた。
十七年も経っているのに、当時と変わらない姿で、そこに座っていた。
「どうして?」
「通話してたでしょ? 優人に訊いて慌てて来たの」
朝陽の手を取って、安心させるように優しく声をかける。
「大丈夫、お腹の子も無事だから」
言われてハッとした。そうだった、あの時お腹が痛くなって――。
「ストレスだって」
「……ストレス?」
美空に言われて確かに妊娠してからいろいろあったと思い出す。まるで走馬灯のように。
「悩んでいたんだったら相談してよ」
今度は月が話しかけてくる。簡単に言ってくれる。相談なんて出来るような内容じゃない。
そういえば――。
「優人は?」
美空は困ったように眉尻を下げながら笑い、廊下の方を指差した。
「心配してるんだけど、責任を感じてて。入って来ないの」
「責任?」
「私に通話をかけてきてからなんでしょ? お腹が痛くなったの」
言われてみるとそうだったかもしれない、と思い出す。
「――姉さんに連絡して」
「愛子ちゃんに?」
「うん。二人、結婚したから。姉さんの励ましが一番効くと思う」
「――そうね」
美空は優人から愛子と結婚したと報告を受けていたため知っていた。朝陽に同意する。
「俺が連絡するよ」
月がスマホを取り出して、病室を出て行った。その姿を見送る。その朝陽の横顔を見ていた。
「彼氏?」
扉が虚しく閉じると、優しい母親の声が聞こえてくる。
「何で?」
「好きなんでしょ? 彼のこと。見てれば分かる」
朝陽は頷く。
「結婚の約束してるの」
「そう。おめでとう」
美空の穏やかで嬉しそうな声が聞こえ、鼻の奥がつんとした。
「……寂しかった」
涙と一緒に思いが溢れ出す。
「母さんが出て行ってから、いつ帰って来るんだろうってずっと待ってたけど、全然帰って来なくて。いつの間にか中学生になって高校生になって大学生になってた。四年生になった時、怖くなった。このまま学生を終わらせたら、私は一生母さんに卒業を祝ってもらえないんだって思って。だから、何年も留年して卒業を先延ばしにしてた」
朝陽は卒業式に美空がいなかったことを悔やんでいた。大学は最後のチャンス。ここで美空と再会出来ないまま卒業してしまっていいのかと思うと、どうしても卒業が出来なかった。
「でも、赤ちゃんのためって考えたり、月が結婚してくれるって言ってくれたから、ちゃんと卒業しようって前向きに考えられるようになった。だけど、今度は結婚することが怖くなった」
美空が出て行った日はいまだに鮮明に思い出せるほど、記憶に残っている。その遠ざかって行く背中を思い出す。
「月と一生添い遂げられるのかな、とか。不倫したりされたりしたらどうしよう、とか。その時、この子はどうなるんだろう、とか」
月の両親を思い出す。星を月に押しつけて、それぞれ不倫相手と再婚してしまった。
「考え始めたら止まらなくなって、でも、何が正解か分からないし、誰かに相談したかったけど、何をどう相談したらいいのかも分からなかった。全部、分からなかった」
美空は頷きながら聞いていた。逃げてしまった過去を思い出す。朝陽の思いは痛いほど分かった。
「ごめんね、朝陽」
「謝ってもらいたいんじゃない」
涙でぐしょぐしょになった顔で美空を見た。美空の顔も同じような顔をしていた。
「帰って来て。それだけでいいの。お願い」
美空は何度も頷いた。本当は帰りたかった。だけど、自分から出て行った家に、また帰っていいのかと不安だった。朝陽が「帰って来て」と言ってくれたことで、美空の中でも思いは固まった。