アーサ王子の君影草 下巻 ~約束の箱庭にて、再び~
 ラインアーサが咳払いを一つする。

「もう遅い。ゆっくり休むんだ」

「う、うん……ライアも。あ、わたしお茶は平気かも、もうすごく眠たくて…!」

 スズランは抱えていた本をぎゅっと胸に寄せた。さっきまで近かった距離を思い出して、頬が少し熱い。

「そうか。じゃあ、また明日」

「……おやすみなさい」

 今度こそスズランは自室の扉を開けて中へ入っていった。扉が静かに閉まる。その音を聞き届けてから、ラインアーサは小さく息を吐いた。

「危なかった、、少し、落ち着こう」

 サリベルが淹れた香草のお茶をカップに注ぐ。ゆっくりと喉に流しながら自ら言い聞かせるも、頭の中には先程のスズランの顔が浮かんでしまう。紅潮した頬に、潤んだ瞳。あの瞳に見つめられ、魅惑的な声で名を囁かれて───。

「まいったな」

 今夜は眠れそうにない。
 ラインアーサはゆっくりと窓辺へ歩み寄った。夜空には雲ひとつなく、少し欠けた檸檬の様な月が浮かんでいる。優しい光が王宮の森を淡く照らしていた。

「おやすみ、スズラン」

 届くはずもない言葉を小さく呟く。
 そして暫くの間、その月を見上げたまま動かなかった。

 ───

 ──────


「……もう」

 自室の扉を閉めても、胸の鼓動はなかなか落ち着かない。小さく呟き、そっと瞼に触れる。先程落とされた唇の温もりが、まだ残っている気がした。こんなふうに意識してしまうなんて。
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