再び縁結び
18ー病室
[東雲視点]
消毒の匂いが鼻を燻る。右腕は点滴に繋がれている。
あぁ、どうしてこうなった。
病院に運ばれ、意識が戻った時から考えてる事はそれだけだ。自分なりにキャパオーバーしない程度に抑えていた。全然、駄目だ。しっかり解決させたかったのに最終的にはこうなってしまうなんて。無力すぎるな俺は。
天井を何も考えず見上げていると、カーテンが開く音がした。振り向くとそこには、桜庭さんがいた。息子は来ていない。それもそうか。だって今は平日の昼間なんだから。今の時間、1年1組がしっかり良い子しているのか心配だ。
「...東雲先生、大丈夫ですか」
彼女としっかり話すのは春斗を一緒に探した時以来だ。その時は春斗が家から飛び出したと小春から電話が来た。俺も焦って教師としての仮面が外れていたのかもしれない。だが、今思うと家出した生徒を個人的に探すなんて教師の範疇を超えている。
「...桜庭さんわざわざ来てくださってありがとうございます。俺はもう大丈夫です」
「...春斗、ものすごく心配してました」
「...あの子に大丈夫って伝えてください」
保護者とその子どもの担任という壁を崩すわけにはいかない。本当は、生徒に心配されてることが知れて嬉しい気持ちはある。だが、教師としての俺は感情を抑えるしかない。彼女は何か気に障ったようで顔を顰めた。
「東雲先生。大丈夫そうなら良かったです」
その言葉は少し冷たく聞こえた。彼女は窓の外を見つめた。一体何を考えているのか読み取れない。完璧に女心を理解する事は不可能だ。
「うっ」
上半身を起こそうすると、右腕にチクっと痛みが走った。数秒なのに、思ったより痛く顔を歪めた。冷たかった彼女の表情は一瞬で変わった。眉を下げ俺を覗き込む。
「大丈夫ですか、東雲先生。あまり無理なさらないでください」
「ごめん、ごめん。起き上がったりしようとするとたまに酷く痛みが来るから」
なんとか彼女を安心させたい。無理して笑顔を作ってみた。彼女から見たら乾いた笑顔だと思われているのだろうか。
「...だったら無理にする必要ないじゃない」
今度は優しい声だ。昔よく聞いていた声。あの頃は、彼女との幸せが生涯続くと信じていた。それも虚しいものだった。
「心配させた。ごめん」
「何がごめんなのよ。何も謝ることないから」
彼女の言う事は的を得ている。自分でもどうしてごめんと口に出したのか謎だ。
「そうだよね。ありがとう、小春」
「何よ、今度は急に感謝してきて。それで私の機嫌を取ってるつもりなの」
また少し棘のある言い方だった。彼女は出会った当初から感情が豊かだった。それは今でも変わらない。これからもずっと変わらないで欲しい。他の男とくっついたとしても。
「...小春だけでも幸せになって」
「...は」
口滑ってしまった。彼女は目を見開いて動きが止まる。確かに俺は彼女の事がまだ忘れられていない。だが、俺のせいで彼女を不幸にしたのも事実だ。そんな俺が小春のそばにいる資格などない。だから、自分から切り離せばいいだけだ。
「言葉の通り、小春には幸せになってもらいたいから」
「...なにそれ。私が結斗にとってめんどくさい女で...結斗に私は一生関係ないって」
「...っ、うっ」
気が付けば、彼女は俺の手を掴んでいた。痛い。点滴が刺されてる方の手だ。離してほしい。痛みが増してくる。彼女は、自分がしていたことに気がつく。ゆっくり手を離した。小春の目からは涙が一粒落ちる。
「...本当...ごめ...ん」
その言葉が聞こえなくなると、ヒールの音だけがベッドから遠ざかって行く。こんなつもりじゃなかった。もっと別の事を伝えたかった。気持ちに反映しているようです痛みも徐々に重くなって行く。額は汗だくとなり、ナースコールを押した。
数分経ち、痛みが引いていく。目を開けると看護師が心配そうこちらを見つめていた。右腕に視線を向けると、新たな点滴に取り替えられていた。
「...東雲さん。大丈夫ですよ」
さっきまで小春と話していた事は夢だったのではないかと思えてくる。
「...すみません。急に呼び出してしまって」
「いえいえ。これが命を預かっているものの仕事ですから。何があったかはわかりません。ですが、東雲さんの交感神経が過剰に働いて、痛みを更に強くしてしまったのかもしれません」
もしかしたら俺にとって小春は、安定剤みたいな存在だったのかもしれない。それと同時に毒にもなり得ると言うこと。
「...看護師さん」
「はい、どうされましたか」
大切な人を傷つけたり俺って生きてていいですか」
看護師は、眉を下げただけで何も答えはしなかった。