あなた専属になります

見つかってしまった

それからは私たちは業務以外の会話をしなくなった。

あの次の日、河内さんに退職届を渡した後、「預かっておく」と言われたまま何も言われていない。

また会社の中はとても居心地が悪い場所になった。

そして私は、また副業を始めた。

またラウンジ嬢に戻った。

「おかえり~!!!」

一緒に働いてた人たちが快く出迎えてくれてほっとした。

そして、早く借金を返そうと思い、土日に限らず平日も仕事を入れた。

知らない男の人に表面だけの笑顔で接客をして、適当に話を合わせる。

ここではいつもそうだ。

「さくらさん、新規のお客様の方に行って」

黒服に言われた。

その席に行くと、落ち着いた雰囲気のスーツを着た男性がいた。

「さくらと申します。よろしくお願いします。」

私はその人の隣に座って適当に会話をした。

「こういうお店は、久しぶりで……。仕事帰りに、少し気分転換で来ました。」

あまり慣れてないせいか少しよそよそしい。

「お仕事、お忙しいんですか?」

「はい……旅行代理店で営業をしてて。最近は残業続きで、なかなか帰れなくて」

「営業のお仕事、大変そうですね」

「課長になったばかりで……まあ、肩書きだけで実際は部下に振り回されてばかりだけど」

思わず笑ってしまった。

彼もつられて笑った。

「さくらさんは、普段は何を?」

「昼間は事務の仕事をしています」

「事務か。今の雰囲気からはあまり想像できないな」

佐久間さんは、あまり壁を感じず、親しみやすい人だった。

その時、黒服がひっそり声をかけてきた。

「指名が入りました」

指名……?

私に指名が入る事はほぼない。

「少し席を外します」

佐久間さんに挨拶をした。

「いや、俺はもう帰るよ。」

「え……」

「見送りはいらないよ。また会えるのを楽しみにしてる」

彼は優しく笑顔を浮かべて、そのまま会計をして店を出て行ってしまった。

あまり話せなかったけど、印象に残る人だった。

その後すぐに指名客の所に行ったら……

恐ろしい形相をした、河内さんが、足を組んで座っていた。

ヤバい……また見つかってしまった……。
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