あなた専属になります

裏切り

朝、目を覚ますと隣に優美がいなかった。

「優美?」

返事がない。

浴室を確認する。いない。

リビングにもどこにも。

嫌な予感がした。

電話をかけた。

『おかけになった電話番号は現在使われておりません…』

無機質なアナウンス。

まさか…

急いで服を着て、会社に向かった。

* * *

「藤田優美という社員について聞きたい」

人事部の職員は、パソコンを確認してから答えた。

「藤田さんは……一身上の都合により退職届を本日提出されています」

血の気が引いた。

「いつ提出したんだ」

「今朝一番でした。ご本人が直接……」

嘘だ。

俺に何も言わずに、そんなこと……

廊下をふらふらと歩いていると、永瀬が心配そうに声をかけてきた。

「河内さん…大丈夫ですか?」

「永瀬……」

「聞きました。藤田さんのこと」

「知っていたのか!?」

思わず声を荒げてしまう。

「いえ、知りませんでした。ただ……」

永瀬は困った顔をした。

「あの子は、これがあなたにとって最善だと思ったんじゃないですか?」

最善?

俺から離れることが?

胸の奥に鋭い針を刺されたような痛みが走った。

* * *

その足で社長室に向かった。

ドアを乱暴に開ける。

「父さん!」

「何だ、騒々しい」

父は書類に目を通したまま答えた。

「優美に何を言った」

「ああ、あの子のことか」

父がようやく顔を上げる。

「彼女に何をしたんですか」

「私は何もしていない」

父は静かに言った。

「あの子は賢い子だよ。自分で判断したのだろう」

その一言で、頭の中が真っ白になった。

俺に何も言わず勝手に未来を決めた。

「……裏切ったのか、優美」

拳が震えている。

信じていた。

この関係はもう壊れないと。

「俺は……俺は何のために」

父を睨み据えて鋭く言い放った。

「優美を俺から奪うなら、この会社ごと潰してやる」

父の表情が変わった。

でも、もう知ったことじゃない。

「たとえどこにいようが、必ず探し出す」

俺の心が黒く染まってゆく。

その日から、俺の人生は優美を探すことだけに集中した。

会社の経営は手を抜かず続けた。むしろ業績を上げ続けた。

でもそれは、優美を見つけるための資金と権力を得るためだった。

* * *

それから一ヶ月後、俺の口座に見覚えのない振込があった。

その次の月もまた。

優美だ。

「まだ……繋がっていてくれるのか」

その瞬間、胸の奥で何かが崩れた。

優美は俺から逃げたくせに、責任だけは果たそうとしている。

それが俺には救いでもあり、同時に拷問でもあった。

毎月決まった日に振り込まれる返済。

それが優美の生存確認になった。

でも同時に、この返済が終わったら完全に縁が切れてしまう恐怖も生まれた。

「絶対に見つけ出してやる」

俺の執念は、日に日に深くなっていった。
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