真夜中の妖精さん

彼の正体

「え」

 帰宅して昼前に起きた佐奈が思わずテレビを二度見した。映っていたのは、やはり昨夜会った王一学(ワン・イーシュエ)だった。昨日と髪の毛の長さが違うが、もしかしたら変装用のウィッグか何かをかぶっていたのかもしれない。

「え!?」

 仕事で来たとは言っていたが、芸能の仕事だとは聞いていなかった。てっきり新人サラリーマンの出張だと。

「うそうそ、二十一歳、期待の俳優……俳優……?」

 俳優であったことも驚きではあるが、年齢が思ったより下だったことにも佐奈は絶望した。自分より四歳も年下だったとは。昨日好意を寄せるような言葉を贈られたが、それで済んでよかった。

「連絡先交換しちゃったけど、消去した方がいいかな」

 一般人と海外の俳優とでは住む世界が違いすぎる。

 きっとあちらも一夜の偶然の出会いと思って連絡をしてこないだろう。きっと最後のあれもリップサービス。そもそもこれだけ騒がれているのだからそんな暇も無いはずだ。迷いながらも消去しようとしたところで、電話がきた。テレビの彼からだ。ちょうどタップしようとしていたところなので、心の準備ができないまま電話に出てしまう。

「こんにちは、佐奈!」たどたどしい日本語で挨拶をしてくる一学。

「わあ、挨拶上手じゃない」上ずった声で佐奈も彼に返事をした。

 何故テレビにいるはずの彼が電話をかけてきたのか焦ったが、これは生放送ではないことに気が付く。あちらもオフの日なのだろう。

『あの……一学、テレビ出てるの見たよ』
『あはは、照れるなぁ』

 爽やかな笑い声がさらに佐奈を焦らせる。昨日、出会うべきではない人と出会ってしまった。これからの日が百八十度変わる予感しかしない。

『それでね、一か月くらい日本にいるから、もしよかったらまた会ってほしいんだ。住所は──』
『ちょいちょいちょい』

 簡単に個人情報を晒してくる有名俳優を止めにかかるが、すでに耳はそれを受け入れた後。しかも聞き間違いではなければ、佐奈の職場の最寄り駅にある高級ホテルの名前だった。

 なんたる偶然。ここまで来ると運命的なものを感じてしまう。感じるが、そこで終わりにしておかなければ。

──私と一学は違う世界の人。しかも四歳も差がある。未来を考えるなんて無謀なことはしないんだから。

『あの、一学は有名人だから、あまり一般人と会わない方がいいよ』
『大丈夫、ちゃんと変装するから。変装得意なんだ』
『うーん』
『佐奈は俺と会うのは嫌? 嫌なら止める』

 その問いに佐奈は息を詰まらせた。嫌か聞かれたら嫌ではない。むしろ嬉しい。なんだか可愛い弟が出来たような、恋人未満の友人が出来たような。しかし、無条件で受け入れられるほど佐奈も子どもではない。

『う~~~~ん』
『そっか……いやか……』
『嫌ではないよ!』
『やったぁ!』

 あまりに切ない声を出すものだから本音を言ってしまった。打って変わって上機嫌な声に佐奈はため息を吐きそうになった。

──まあ、でも一か月だけだからいいか。
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