一匹狼の同僚が私とご飯を食べるのは
五章 夜更けのラーメン、からのお家ご飯とキスの味
 パチン、と勢いよく割り箸を割ったら、すっきりと二本に分かれた。
 今日はいいことがある予感がする。
 なんて、ただ今絶賛、いいことが進行中だ。
 夜も更けたオフィス街の裏通り、店主ひとりで営業している古びたラーメン屋で。

「いただきます!」
「……す」

 吉見さんの声が霞むくらいの勢いで言って手を合わせると、私は醤油の匂いがふわりと立ちのぼるラーメンの海に突撃を開始した。
 ずずずっ、と音をさせて細い麺をすする。
 醤油ベースのスープに麺がよく絡んで、濃厚なコクと旨味がいっぱいに満ちていく。それでいて、まったくくどくない。
 えも言われぬ香りが鼻から抜け、間をおかずにまたひと口。はあ、美味しい。
 店自慢のチャーシューはやわらかく、舌の上でまたたくまに解けた。
 染み出すのは、凝縮された肉の旨味。宝石のように輝く味玉は、箸で軽くつつくだけで黄身がとろりとまとわりついてくる。
 そしてそれらが渾然一体となったラーメン鉢の、なんたるご馳走感。麺は大盛り、トッピングに味玉をもうひとつ追加しているからだろうか。

「そうそう、これ……! 今日初めて、ものを食べてるっていう気がする! スープに浮いた脂まで総出で、美味しさで殴りかかってくるんだもん。勝てるわけがないよね」
「相変わらず……」

 デーブルの向かいで麺をすすっていた吉見さんが、喉の奥で笑う。これはきっと、噴き出すのをこらえている顔。
 でも、気にしない。吉見さんに笑われようと今さらだし、なにより彼の笑いには呆れこそあっても蔑みはないと知っているから。

「吉見さんも、意外と食べるよね。一次会もけっこう量があったはずでしょ?」
「男としてはふつうだと思うけど」
「でも、カロリーバーかゼリーとは段違い」
「ああ、たしかに。ふだんはそこまで食欲ないから。陽彩がいると、俺もつられる」
「そ、そっか、私かぁ」
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