訳ありイケメンは棘持つ花に魅入られる
「はぁ、距離を置いても全然冷静になれないな……」

いい歳して自分が情けなくなる。

その時、トゥルルルル……とテーブルの上に置いていた仕事用のスマホの着信音が鳴り出した。

俺はベッドから体を起こし、スマホを手に取る。

「もしもし、花山です」

「お疲れ様です、書香出版の坂田です。花山先生、執筆のご状況はいかがですか?」

電話を掛けてきたのは担当編集者の坂田さんだった。

新作の進捗状況を確認する電話だ。

俺はベッドから立ち上がりテーブルへ向かうと、パソコンに目をやりながら口を開いた。

「今は最終章を書いてますよ。犯人が明かされ、その犯行方法や動機に迫るシーンです」

「終盤の重要な場面ですね。ぜひじっくり書き上げてください。ちなみにホテルでの生活は不自由ありませんか? 花山先生がホテルに籠もって執筆されるのなんて初めてですから最初聞いた時は驚きましたよ」

「今のところ問題ないです。快適ですよ」

「そうですか、それは良かったです。何かご入用のものがあれば持って行きますので、いつでも言ってくださいね」

細やかな気遣いをしてくれる坂田さんの申し出に俺は感謝しつつ頷く。

そんな執筆状況に関する話から、気分転換にちょっとした雑談も交わした。

坂田さんもこちらの心境を心得ており、忙しい中でも快く会話に付き合ってくれる。

その最中、坂田さんはふと何かを思い出したように軽やかな口調である話題を切り出した。

「そういえば―――……」

それは何気なく坂田さんが口にした雑談の一つだった。

だがその内容に、俺は胸を貫かれたような衝撃を受けた。

信じたくないが、坂田さんが嘘を言うはずもない。



電話を切ると、俺はそのまま無言でパソコンに向かって猛烈な勢いで執筆を再開し始めた。

坂田さんの話が本当だとすれば、今はともかくこれを書き上げなければいけない。

そうでないと自由に動けない。

鬼気迫る表情で俺は文章を書き綴っていく。


その後数日間、ホテルの一室では、カタカタカタというキーボードの無機質な音だけが終始響き渡っていた――。


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