魔力が消える前に、隣国の皇帝と期限付きの婚約を交わす

「陛下!!」

 私はロシュフォールから飛び降りた。泉のほとりに横たわる皇帝陛下は血の気がなく、手を握ると氷のように冷たい。私は皇帝陛下の手を両手で握りしめて魔力を送った。しかし、私の魔力はたかが知れている。すぐに眩暈がしてきた。

(このままじゃ……!)

「セレーヌ様、我々にお任せください。」

 振り返ると、ロシュフォールの背後にたくさんの魔獣たちが控えていた。ロシュフォールが合図を送ると、魔獣たちは皇帝陛下へ魔力を送り始めた。

「みんな……ありがとう。」
「ここにいる魔獣たちは、元々城の使用人でしたから。言葉は話せませんが、思いは通じます。」

 ロシュフォールは私にも魔力を送ってくれた。ほっとしていると聖なる泉から水が噴き上げて、真っ黒い塊が姿を現した。

「お友達がたくさんいていいわね。」
「セレーヌ様、あれが悪の精霊……ルシアです。」

 真っ黒い影のようだけど生き物のように揺らいで、赤い目のような2つの光ははっきりと私をとらえている。

「どうしてこんなことをするの?あなたの目的は何?」
「あなたが来てくれるなら教えてあげるわ。(うち)へ来ない?」

「……(うち)?」
「そう。私のお(うち)。」

 私は息を呑んだ。ルシアは泉の中へ来いと言っている。

「行ってはなりません、セレーヌ様!」

 ロシュフォールは私の前に立ち塞がった。泉の中がどうなっているのかなんて全く想像がつかない。行ったら無事に戻って来られるのかわからない。

「女の子と話したかったの。心配しなくていいわ。話をするだけだから。」
「……戻って来られるの?」

「もちろんよ。約束するわ。」

 拍子抜けするほど軽い答えが返ってきた。

 ルシアの家に行けば、ルシアは悪の精霊になった理由を教えてくれるかもしれない。そうすれば、ロシュフォールたちを人間に戻すことができる。私は、ルシアと話すためにヴァルドラードへ来たのだ。

「……わかったわ。」

 立ち上がろうとすると、痛いほど強く手を握りしめられた。

「行くな……」
「目が覚めたのですね。大丈夫です。話をするだけです。」

 私は皇帝陛下の手を握りしめた。もう冷たくない。

「ロシュフォール、陛下を頼みます。」

 私は皇帝陛下の手を放して立ち上がった。泉に近づくと、ルシアの影がふわりと近づいてきた。怖いとは思うけれど、攻撃的な魔力は感じない。

(大丈夫よ。絶対に戻って来るわ。)

「行きましょう。」
「楽しみだわ。」

 真っ黒い影の奥に、美しい精霊の姿が見えた気がした。
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