白紙の手紙

シーン5

~シーン5~
静まり返った高校の教室。埃っぽい匂いと、放課後の薄暗い光が差し込んでいる。窓の外の風は止まり、黒板に差す光は斜めに長い影を引いていた。沙耶は、確かに自分の肉体でそこに立っていた。呼吸が、できる。
「……ほんとに、戻ってこれた。この場所に。あの子に、会うために。」
扉が開き、(かなめ)が入ってきた。教室の隅に立つ沙耶に気づき、叶は固まる。
「……沙耶……?なんで……?死んだはずじゃ……。」
「死んだよ。間違いなく。でも……少しだけ、戻ってこられたの。話があって。ひとつだけ、確かめたいの。……どうして、私の家庭のことを知ってたの?」
空気が張り詰める。
「……え?何の話?」
「あの噂が広まった時期、私が話したのは、悠希だけ。でもね、悠希に話したあのとき……私の家に、あなたもいたよね?」
「な、なにそれ……まさか私を疑ってるの?」
叶の声は上ずっている。
「事実を聞いてるの。あの話、あなたが漏らしたの?」
「……ちょっと待ってよ。私がそんなこと、するわけ——。」
沙耶の視線が、叶の目を貫いた。空気が、一呼吸ほど止まる。
それから沙耶は一歩前へ進み、声を震わせながら名前を呼んだ。「叶。」
叶はとうとう、重い口を開いた。
「……私は……ただ、心配だっただけ。あんな家庭にいて、あなたが壊れそうに見えた。だから……誰かに、話した方がいいって思って——。」
「誰か?誰に?どうして私に相談せず、勝手に?」
「……っ……!」

「ねえ、沙耶。私たち、いつから距離ができたの?悠希といる時間ばっかり増えて。私は、ずっと……隣にいたのに。」叶の目に涙が浮かんだ。「悠希と一緒に笑う沙耶の顔が、ずっと頭から離れなかった。なんで、あんなふうに笑えるの。あんなに楽しそうな顔、私といるときは、一度もしないのに。」
彼女の言葉は、裏切りの動機が「愛情。」と「嫉妬。」であったことを物語っていた。
「沙耶には、私だけいればよかったのに。全部……私だけが知っていればよかったのに……。」
沙耶は静かに目を伏せた。
「叶。私は、あなたを大切に思ってた。でも、それは、あなたが傷つけてもいい理由にはならない。」
「……っ……。」
「そしてね、悠希は……あなたのことだけは、信じてた。最後まで『叶はそんな子じゃない』って、私を庇い続けたの。」

叶はハッとして顔を上げる。

「だから私も……信じたかった。話さずに終わるのは、違うと思ったから。」
「……それでも、許されないことをした。私、自分が怖い。あなたに……会えて嬉しいのに、まだどこかで『また一緒にいたい』なんて、考えてる自分がいるの。」

「……それは、嘘じゃないんでしょ?」
「……うん。」
沙耶は一歩だけ近づいた。
「それなら、せめて、私の言葉を覚えていて。私は、あなたを憎んで終わりたくなかった。」
「……。」
「――さよなら、叶。私は、もうこの傷で歩いていく。」
沙耶が背を向け、教室の扉へ向かって歩き出す。
「沙耶!」
叶が呼び止めたが、沙耶は止まらなかった。
沙耶の姿は光の中に消えていった。
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