【十六夜月のラブレター another side】イケメンエリート営業部員入谷柊哉くんは拗らせすぎてる
急いでオートロックを解除し玄関のドアの前で彼女が来るのを待つ。

チャイムが鳴ると同時にドアを開けると、息を切らした彼女が立っていた。

どうやら走ってきたらしい。

「ごめんなさい、こんな時間にいきなり来て……」

「いいよ。入って」

わざと無感情な声質でリビングへ通す。

さっきまで亡霊のように彼女のことばかり考えていたのに。本物がここにいる。

テーブルの上で横向きになって転がっているビールの空缶を見て、彼女が不安そうな顔をした。

「ごめん、ちょっと飲んでてさ。どうしたの? 急に」

「あのっ、今日マドレーヌ焼いたから。よかったら食べてもらえたらなと」

彼女が持ってきたギフトボックスの蓋を開けてテーブルの上に置く。

中にはシェル型のマドレーヌが何個も入っていた。

処々生地の表面は剥がれているけれどあたたかい色をしている。

「ああ、前に俺が作ってって言ったからだね。でももういいよ。これからは俺のことは気にしないで」

「え?」

「本社の営業本部長にさ、戻って来いって言われてるから大阪に戻ろうと思う。だから、君も無理して俺のこと思い出そうとしなくていいよ。俺ももう全部忘れるから」

だってそれは、彼女が望んでいることだから。

「じゃあ全部忘れちゃう前に言わせてください。この手紙、さっき届いたんです。10年以上経ってしまったけど……」

彼女が鞄の中から一通の古びた封筒を取り出して俺に渡した。

開封済みのその封筒の消印は10年以上前の大阪市内。

宛先は実家の住所の彼女宛て。

封筒の裏に書いてある差出人の名前は「斉木柊哉」。

それは正に、高校2年生の俺が高校1年生の彼女に送った手紙だった。
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