テイラー侯爵は甘やかしたい

07 真実を問う

 何度が寝返りを打ってみても、しっくりくる体勢が見つからない。
 目を開ければ、部屋の中はどっぷりと夜に浸かっていて、夜明けはまだ随分と遠くにありそうだ。
 ベッドに入ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。一向にやって来ない眠気の原因は分かっている。
 キッチンへ行って、温かいミルクでも飲んでみよう。大きな音を立てないように注意しながら、私はそっとベッドから抜け出した。

 エヴァンスやオリビアたち使用人も各自の寝室へと引き上げたのだろう。人気はなく、灯りが消された真っ暗なリビングを壁伝いに手探りで進んでいく。目が慣れ、そろそろ夜目がききだした頃。

「ヴィオ、何してるんだい?」

 そっとからかうような、ぐっと顰められた声が後ろからして、自分の体が跳ね上がった心臓と同じように跳ねた。思わず上がりそうになる悲鳴は、背後から私の口を塞ぐ温もりに吸い込まれていく。

「シーッ。静かに!」

 少し顔を上げれば、焦ったような顔をした侯爵さまがいて、彼の手が私の口を塞いでいることに気付く。
 静かに、と掛けられた言葉に、まだ早鐘を打つ心臓のせいでただ頷くしかなかった。

「こんな時間に悲鳴を上げたら、みんな飛び起きてしまうよ」

 ほっと息を吐くのは、口を塞いでいた手を離した侯爵さまも、離された私も一緒だった。

「ご、ごめんなさい。でも、侯爵さまが急に後ろから声をかけるから……」
「何だか君が面白そうなことをしているから」

 こんな時間に灯りも点けずに何をしているの? と彼はくすくすと笑いながら、私の手を取って歩き出す。
 それからリビングを進んだ先にあるサンルームの中へと入り、そこにある椅子に私と手を繋いだまま腰を下ろした。私は立ったまま彼に向かい合い、必然的に侯爵さまが私を見上げる形になる。
 それは何だか、うんと幼い頃、お母さまが私を諭すときに似ていて、胸の奥が小さくざわめくような気がしたけれど、目が合った侯爵さまがとても優しく微笑んでいるものだから、そんなざわめきが一瞬で何か違う胸の騒がしさと入れ替わってしまった。
 窓から入る、ほんのりと青い月明りが侯爵さまを妖しく照らしている。それは一層、彼の美しさを際立たせているようだった。

「眠れなかった?」

 ずっと見ていたら何かにあてられてしまいそうで思わず目を逸らす。

「ええ。それで、温かいミルクでも飲んだら、気持ちも落ち着くだろうと思って」
「何か不安なことでもあるの?」
「不安……と、いいますか……」

 その問いかけに言葉が詰まる。

「こんなこと、言ってもいいのか……」
「どんなことでも言ってごらん」
「はい……。あの、オリビアやエヴァンスが私の身の回りのことをしてくださることは、とても光栄ですし、嬉しいことです。でも、」
「でも?」

 ごくん、と喉が鳴ったのは私だけだっただろうか。きゅっと握っている手に力が入ってしまったのは、私が先だっただろうか。

「……私には、その厚意を受け取る価値はありません」
「……どういう意味?」

 侯爵さまが首を傾げた。
 ……ずっと抱えていた不安を話すなら、今が一番良いタイミングかもしれない。

「あの……」

 私はそっと侯爵さまに視線を戻した。

「侯爵さまが、本当に婚姻を望まれているのは、私ではないかもしれません」

 侯爵さまに取られた手が、小さく震える。
 私を見つめる侯爵さまの瞳が、薄明りを取り込んで、柔らかな光を反射させた。

「オリビアは、私で間違いはないと言ってくださったのですけれど……。でも、私には、姉が一人いるんです。お姉さまは優秀で、美しくて。私は社交界にも出たことがありませんし……アビントン家に娘が二人いることを知る人は、あまりいません。だから、本当は、ここにいるべきは、お姉さまだったのかもしれません」

 言い終わるころにはまた、顔は完全に下を向いてしまっていた。
 星の瞬きさえ聴こえてきそうなほど、静かな時間が流れる。
 侯爵さまは、今、どんな顔をしているのだろう。けれど今、顔を上げる勇気は私にはなかった。
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