離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 フィリクスは息を深く吸い込み、目に力を込めた。
 気力でどうにかできることではないが、それでも今は何があっても帰らなければならない。
 フィリクスがどうにか動こうとすると、老婆が呆れてぼやいた。

「ほんとに頑固な人だねえ」

 すると老爺が老婆の言葉を制止し、フィリクスに提案した。

「わかった。わしがとなり町まで連れていってやろう。そこなら病院もあるし、連絡手段もある」
「……申し訳ない」
「婚約者でも待っているのかい?」
「妻が待っている」
「そりゃ一刻も早く戻りたいだろう。わしもその気持ちはわかるぞ」

 老爺が身支度をしながら話しているあいだに、老婆は町までの薬と包帯、それに食料を用意してくれた。
 フィリクスは老婆に深く頭を下げて礼を告げ、老爺とともに村を発つ。
 舗装されていない道を荷馬車で走ると、不安定で何度も大きく揺れた。そのたびに、フィリクスは激痛に苛まれ、老爺は気がまぎれるようにと会話を続けてくれた。

 そうして、ようやく町へ辿り着く頃には、すっかり日が暮れていた。
 フィリクスは怪我が悪化して荷馬車の中でうずくまっている。
 老爺が代わりに町の役人に話し、フィリクスの保護を求めた。

 老爺が役人を連れてきて、荷馬車にいるフィリクスに声をかける。

「そういや、あんたの名前を訊いていなかった。名を何と言う?」

 フィリクスはどうにか声を絞り出す。

「フィリクス・レオフォードだ」

 それを聞いた役人が驚愕の顔で叫んだ。

「ええっ!? 領主様ですか! た、大変だ。医者を呼んできます!」

 役人が走り去ったあと、しばらく呆然としていた老爺は、にっこり笑ってフィリクスに言った。

「早く奥さんに会えるといいねえ」

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