離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 神父のいる祭壇前へ進むと、マンブル伯爵がにやにやと笑みを浮かべて立っていた。
 アリシアがその前に立つと、彼は興奮したような視線を惜しみなく注いできた。
 舐めるようなその視線に耐えられず、アリシアは思わず目をそらす。伯爵の顔を直視したくなくて、ただ俯いたままじっと立ち尽くした。

 式の進行など耳に入らない。アリシアは心を無にして、人形のようにそこにいるだけだった。

 やがて、神父が静かに言った。

「誓いのキスを」

 その言葉を待っていたかのように、伯爵はアリシアの肩をがっちりと掴んだ。
 アリシアはびくっと肩が震え、背筋を冷たい悪寒が走った。
 逃げられない。これは、避けようのない儀式だ。
 一応、覚悟はしている。

(た、耐えるのよ……たった一度きり。ほんの少し、触れるだけだから……)

 アリシアはぎゅっと目と唇を閉じる。
 伯爵の顔がにじり寄ってくるのが気配でわかる。

(ああ……初めては、旦那様とがよかった……)

 伯爵の生ぬるい熱気が顔に近づいて、肩に置かれた手がさらに力を込めるのがわかった。

(耐えるの……耐えなきゃ……耐えて……)

 唇が触れそうになったその瞬間。
 アリシアの体が反射的に動いた。無意識に、両手で伯爵の胸を押し、とんっと突き飛ばしてしまった。

< 172 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop