離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 すっかり日が暮れ、空には星が現れ始めていた。
 薄暗い夜道で、荷馬車の車輪が静かにきしむ音を響かせている。
 アリシアは、近隣で農園を営む夫婦に屋敷の近くまで送ってもらっていた。
 この夫婦はアリシアの事情をよく知る数少ない理解者でもある。
 いつものように屋敷の裏門そばで降ろしてもらい、アリシアは深々と頭を下げた。

「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつも美味しいパイをいただいてありがたいですよ」

 にこやかにそう返したのは、よくしゃべる奥さんのほうだ。
 となりにいる夫は寡黙だが、優しい笑みを浮かべている。

「それにしても、妻が毎日外で働いてるのに旦那は無関心なのかしらねえ?」

 そう呟く奥さんに、夫が小さく咳払いをする。

「領主様だぞ」
「ほとんど領地にいないけどね」

 奥さんはふんっと鼻を鳴らし、それからアリシアに向かってにっこり笑った。

「まあ、どこの家も旦那ってのは鈍感ですからねえ」
「そうですね」

 アリシアは苦笑しながら頷いた。

 夫婦の荷馬車がゆっくりと遠ざかっていく。
 アリシアは手を振って見送り、そっと裏口から屋敷の中へと入った。

 今日は遅くなったからキッチンで簡単なものを作って食事をすませようと思った。数少ない使用人たちは邸宅内の掃除やフィリクスの世話で疲れているだろう。
 アリシアは嫁いだときから自分のことはすべて自分でやっていたので、世話をしてもらう必要がなかった。

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