離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 フィリクスは「そうか」と低く呟き、視線を目の前の皿へと落とす。
 それは大きめにカットされた野菜がごろごろと入った素朴なスープだった。見た目は彩りも飾り気もない。
 彼は古びた木のスプーンを手に取り、静かにすくって口に運んだ。

「美味い」
「そうだろう。うちではこれが一番人気さ。まあ、アリシアのアップルパイも負けてはいないけどね」
「それも、俺にくれるか?」
「まだ残っているか聞いてくるよ」

 そう言ってメルアは厨房へ引っ込んでいった。

 アリシアはひとりで暮らしている――。
 メルアの何気ない言葉が、妙に重く胸の奥に沈む。

 もちろん彼女が本当の身分を明かすはずがない。貴族の妻であることも、領主の屋敷に住んでいることも。

 だからこそ、はっきりとわかる。
 アリシアは本気で離婚を望み、自らの力で生きることを選ぼうとしているのだと。

 フィリクスは手にしたスプーンを握りしめたまま、ぼんやりとしていた。
 それほど間を置かずに、メルアがアップルパイの皿を手に戻ってくる。

「最後のひと切れが残っていたよ。少し小さいけど許しておくれ」
「いや、十分だ」

 アップルパイはたしかに小ぶりだったが、フィリクスにとって量など関係なかった。
 アリシアの作ったものを食べるのはこれが初めてだったから。

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