離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 フォークでひと口食べると、すぐにその美味さがわかった。

 シナモンシュガーの効いたキャラメルソースに砕いたナッツの香ばしさとやわらかく煮詰めたりんごの触感。さらに、さくっと焼き上げられた生地が絶妙に重なり合い、たまらない美味さが口いっぱいに広がった。

 フィリクスはフォークを皿に置くと、口もとにそっと手を添えた。そのまま顔を覆うようにして俯く。

「どうだい? 涙が出るほど美味いだろう?」
「……ああ」

 泣いてはいないが、今の自分の顔を誰にも見られたくなかった。
 メルアはにやりと笑い、冗談めいた口調で訊ねる。

「あんたも、あの子のファンになったのかい?」

 フィリクスは俯いたまま、ぽつりと答える。

「そのようだ」
「あはは、そうかい。ちょっと待ってて。呼んでくるから」
「待て」

 フィリクスは慌ててメルアを制止した。

「いい。俺はもう帰る。彼女によろしく伝えてくれ」

 そう言うと、テーブルに余分の金を置いて立ち上がる。

「兄ちゃん、ちょっと多すぎるよ」
「受け取ってくれ。彼女の分だ」
「それじゃ、ありがたく頂戴するよ」

 フィリクスは他の客に顔を見られないよう帽子を深く被り直すと、そそくさと店をあとにした。

< 29 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop