離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
「それではいってらっしゃいませ」

 笑顔のエレナと真顔のセインがふたり揃って見送ってくれた。
 馬車の中には夫とふたりきり。沈黙の時間が流れていく。
 フィリクスは頬杖をついて窓の外に目を向けたままだ。
 アリシアは気まずさのあまり俯いていたが、ふと思い立って質問をした。

「あの、どちらへ向かわれているのですか?」

 するとフィリクスはこちらへ顔を向けて、淡々と答えた。

「衣装屋だ」

 アリシアはほっと胸を撫で下ろす。
 それなら貴族御用達の店が並ぶ区域だ。この町には爵位を持つ騎士や領地を持たない貴族とその家族が多く暮らしているため、そういった高級店も存在する。
 そこへ平民が足を踏み入れることはほとんどない。
 
 アリシアがよく行く町には知り合いが多い。素性を隠しているため、この姿がバレるわけにはいかなかった。

「お屋敷へお招きすればよろしいですのに」

 貴族の、しかも領主とあれば、わざわざ町で買い物などしない。
 アリシアが不思議に思って問いかけると、フィリクスは真顔で答えた。

「町の様子を見たかった。机上で考えるより現地で実際に見たほうがわかることもある」
「……そうですね」

 ひとりで出かけることもできる。
 妻を連れていく理由はおそらく、そのほうが体裁がいいからだろう。
 今日は妻としての演技をしっかりやらねばならない。

 アリシアは深呼吸をして、静かに自分を鼓舞した。

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