離婚を切りだしたら無口な旦那様がしゃべるようになりました
 アリシアの顔を見たあと、フィリクスの視線がわずかに揺れた。彼は照れくさそうにしながら遠慮がちに告げる。

「……すまない。嫌なら、拒んでもいい」

 その言葉に、アリシアの鼓動がより強く脈打った。どくどく高鳴る鼓動を落ち着かせるように深呼吸をする。
 そして震える声で答えた。

「……嫌では、ありません」
「そうか」

 フィリクスの腕にいっそう力が込められた。無理にではなく、ごく自然とそうなったようにぴたりと彼の体に引き寄せられる。
 アリシアは再び目を閉じて、恐る恐る彼の背中に手をまわした。

 すらりとした見た目とは裏腹に、彼の体はたくましくがっちりしている。
 自分ではない熱い体温に、のぼせてしまいそうになる。

 アリシアがすんなりフィリクスの腕に収まっているからか、彼はさらに大胆な行動に出た。アリシアの髪に触れたのだ。
 指先が髪をやわらかく梳いていく。
 その感触に、アリシアの鼓動はひときわ大きく跳ねた。

 フィリクスの行動が読めない。彼の心情もまったくわからない。
 それなのに、嫌ではなくむしろ心地よくて、そんな自分も理解できなくて。

 ただ、この時間がもう少しだけ続けばいいと、そう願っていた。

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