あなたと私を繋ぐ5分
 翌朝、久々に窓から差し込む光が眩しくて目が覚めた。
 夜中のうちに雨が止んだようだ。ベランダの手すりに残った雫が、朝の日差しを受けてキラキラと輝いている。
 久しぶりにアラームに頼らずに起きられた。今日は朝から良いことが二つもある、と思いながら美咲は大きく伸びをして起き上がった。

 久しぶりに晴れたし、早起きできた。ベランダも雨粒も綺麗だった。
 幸せのかけらは着々と集まっているけれど、天気予報によると、夕方からまた天気は崩れるらしい。仕方ない。昨日乾かした長い傘を持って美咲は家を出た。

 昨日ポッドキャストで聞いたからか、登校中の小学生をついつい微笑ましく見守ってしまう。

 とはいえ、会社が近づくと少しずつ憂鬱さが増してきた。
 来月、定時株主総会を控えて、準備でてんてこまいだ。そんな中でも他部署から、備品が壊れただの足りないだの、労災が下りないかだのといった様々な要望や問い合わせが入る。
「ちょっと待ってもらえます?」と言えたら良いのに、それができないのが総務部の辛いところだ。

 それでも今日は早起きできたのだから、と給湯室でドリップコーヒーを淹れた。まだ一時間近くゆとりがある。
 少しだけ酸味のある深い香りを胸いっぱいに吸い込む。
 お昼までもう淹れ直す暇がないかも、とタンブラーになみなみ注いでデスクへと向かった。

 当然ながら、部署の人間は誰も出社していなかった。
 この、誰もいない時間が美咲は一番好きだった。しん、とした空気が良い。
 カフェで時間を潰したこともあるけれど、ざわざわした雑踏のなかより、静かなオフィスの方が落ち着けると気づいた。貧乏性なのか、もともとの気質が暗いからかもしれない、と苦笑する。
 昨日残してしまった書類に目を通しながら、コーヒーをひと口飲む。

 他の部署と違い、総務部のオフィスは、入り口入ってすぐのところにカウンターがある。備品や鍵の貸し出しを行っているためだ。
 特に誰かの担当と決められているわけではなく、訪ねてきた社員がいたときに手の空いている社員が担当することになっていた。
 夏頃までは新入社員がそこで仕事を覚えるのだが、半年経って業務を担当しはじめると、カウンター業務を専任で担当する者がいるわけではなく、その時手の空いている社員が対応することになっていた。

 だから、人気のある他部署の人間が訪ねてきたときは皆、我先にと自席を立つし、態度のきつい社員が現れたときはみな腰を上げるのが億劫になる。
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