あなたと私を繋ぐ5分
テーブルの上に立てかけたノートを開く。お気に入りのネイビーのペンを手に取った。
このノートは美咲の「幸せのかけら」を書き留めておくためのものだ。かれこれ三年ほど続けている。
毎日見つけられるわけではないけれど、何か心が動いた出来事があれば、どんな些細なことでも書き残すようにしていた。
「姉弟のほっこりしたポッドキャストを潮騒さんの声で聞けた」
これもまた幸せのかけらだ。自分が直接見つけたものではないけれど、彼にお裾分けしてもらった出来事もまた、大事に記録する。
そして自分の一日を思い返しながら、幸せの記憶だけを拾っていく。
「私が好きだから、と同僚がレモン味のフィナンシェをお土産に買ってきてくれた」
「通勤中、混雑した電車で高校生がお年寄りに席を譲っているところを見かけた」
「今日も使った傘を洗って乾かした」
幸せのかけら、だけではなく、『できたこと』も書き残しているのは、見返したときに幸せな気持ちになることに変わりないからだ。
ノートを閉じる。ただただ箇条書きにしているだけだが、ノートはもう三冊目に入ったところだ。
ポッドキャストを聴くようになって、書き止める量も増えたような気がする。
人からお裾分けしてもらった幸せのかけらは、とびきり栄養価が高く感じられる。
自分の心が動いたことが、明確にわかるから。
不意に、元彼の言葉を思い出す。
「美咲っていつも不満しか言わないよね。一緒にいて疲れる」
今でもこの言葉を発したときの元彼の、表情や声もはっきりと思い出すことができた。
あの時、咄嗟に何を言われたか理解できなかった。
全く、予想外だったからだ。
むしろ恋人になんでも話せて、救われていると思っていた。
「聞くのも嫌なの?」
美咲がそう訊ねれば、元彼は信じられないと顔を歪ませた。
「別に愚痴を聞くのはいいよ。でも美咲は愚痴しか言わないじゃん。楽しかったこと、俺に話したことある?出かけても、待ち時間が長かったとか、歩き疲れて足が痛いとか、不満ばっかり。どこが楽しかったとか、美味しかったとか、そういうプラスのことは何も言わないよね。それで一緒にいたいと思えると思う?」
言われた瞬間、ナイフで切りつけられたような衝撃が走った。
反論できない。何も言えなかった。
別れた当時は忘れたいと思っていたけれど、今ではそう願うこともなくなった。むしろこの言葉があったからこそ、今の自分がある――少しだけカッコつければそう思えるようにもなった。
物事をいつも光の方向から捉えたい。そう思わせてくれた元彼には、今となっては、美咲は十分感謝していた。
ノートを遡って、幸せのかけらを確認していく。それだけで心の奥がほんのりあたたかくなる。この気持ちのまま今日は早く休もう、と美咲はベッドに潜り込んだ。
このノートは美咲の「幸せのかけら」を書き留めておくためのものだ。かれこれ三年ほど続けている。
毎日見つけられるわけではないけれど、何か心が動いた出来事があれば、どんな些細なことでも書き残すようにしていた。
「姉弟のほっこりしたポッドキャストを潮騒さんの声で聞けた」
これもまた幸せのかけらだ。自分が直接見つけたものではないけれど、彼にお裾分けしてもらった出来事もまた、大事に記録する。
そして自分の一日を思い返しながら、幸せの記憶だけを拾っていく。
「私が好きだから、と同僚がレモン味のフィナンシェをお土産に買ってきてくれた」
「通勤中、混雑した電車で高校生がお年寄りに席を譲っているところを見かけた」
「今日も使った傘を洗って乾かした」
幸せのかけら、だけではなく、『できたこと』も書き残しているのは、見返したときに幸せな気持ちになることに変わりないからだ。
ノートを閉じる。ただただ箇条書きにしているだけだが、ノートはもう三冊目に入ったところだ。
ポッドキャストを聴くようになって、書き止める量も増えたような気がする。
人からお裾分けしてもらった幸せのかけらは、とびきり栄養価が高く感じられる。
自分の心が動いたことが、明確にわかるから。
不意に、元彼の言葉を思い出す。
「美咲っていつも不満しか言わないよね。一緒にいて疲れる」
今でもこの言葉を発したときの元彼の、表情や声もはっきりと思い出すことができた。
あの時、咄嗟に何を言われたか理解できなかった。
全く、予想外だったからだ。
むしろ恋人になんでも話せて、救われていると思っていた。
「聞くのも嫌なの?」
美咲がそう訊ねれば、元彼は信じられないと顔を歪ませた。
「別に愚痴を聞くのはいいよ。でも美咲は愚痴しか言わないじゃん。楽しかったこと、俺に話したことある?出かけても、待ち時間が長かったとか、歩き疲れて足が痛いとか、不満ばっかり。どこが楽しかったとか、美味しかったとか、そういうプラスのことは何も言わないよね。それで一緒にいたいと思えると思う?」
言われた瞬間、ナイフで切りつけられたような衝撃が走った。
反論できない。何も言えなかった。
別れた当時は忘れたいと思っていたけれど、今ではそう願うこともなくなった。むしろこの言葉があったからこそ、今の自分がある――少しだけカッコつければそう思えるようにもなった。
物事をいつも光の方向から捉えたい。そう思わせてくれた元彼には、今となっては、美咲は十分感謝していた。
ノートを遡って、幸せのかけらを確認していく。それだけで心の奥がほんのりあたたかくなる。この気持ちのまま今日は早く休もう、と美咲はベッドに潜り込んだ。