鬼火姫〜細工師の契約婚姻譚〜

【終】夫婦の決意

 爽と凌空が戻ってくるのを、凛火はそわそわしながら待っていた。しかし戻ってきた時には、凌空はすっかり大人しくなっていた。むしろ、爽にチラチラ目をやったと思えば、突然頭を掻きむしるのだ。
 訳がわからず、凛火は困惑した。しかし、爽はいつもと変わらない。いつもの、あまり変わらない表情で佇んでいる。
 凌空がすごすごと帰って行ったので、凛火はずいっと爽に詰め寄った。

「爽さま、凌空と何を話したんですか?」
「僕がどれだけ凛火さんを大事に思っているか、とうとうと語ってきたんだ」
「…冗談ですよね?」
「僕は冗談は言わないよ?」

 確かに、爽はあまり冗談を言わない。だが、それにしてもだ。

「あの凌空を宥めるなんて、一体どうやって…」
「まあ、いろいろとね。男の約束をしたんだ」

 爽は小さく微笑むと、唇に人差し指を当てた。それ以上は、凛火に話すつもりはないのだろう。凛火も意を汲んで口を閉じた。

 穏やかな食事時間だった。
 和枝の作ってくれた食事を前に手を合わせ、凛火と爽は向かい合って箸を取る。
 一年前、婚姻してすぐの頃は、凛火は目の前の食事にだけ集中して、爽のことなんて考えなかった。だが今は、爽と食事を共にする喜びを噛み締めている。また家族と食事をとることができるなんて、かつての自分は考えなかった。

「ごちそうさまでした。凛火さん、この後時間はあるか?」
「はい」
「少し、話がしたいんだ」

**********

 凛火の部屋を訪れた爽は、さっぱりとした格好をしていた。凛火の置いた座布団に正座して、爽はキッと顔を上げた。

「『英雄』に、鬼火姫討伐の任務が与えられた。これが、何よりも最優先だと」
「あらら。やっぱり、いつまでも隠せるものではないですよね」

 自分が殺される任務が出ているというのに、凛火はあっさりとしている。
 爽は歯痒そうに拳を握ると、凛火の手を取った。

「凛火さんは、僕が守る。絶対に、何があっても」
「ありがとうございます。私も、自分の身を守れるように細工を仕込んでおきますね」
「そうじゃない」

 爽は唇を噛み締めて、握る凛火の手に力を込めた。

「僕は、凛火さんに危ない目に遭ってほしくない。だから、できるだけ家の中に…」
「爽さま。私が細工作りをする理由をご存知ですか?」

 凛火の切り返しに、爽は首を傾げた。凛火が細工作りをするのは、趣味のようなものだと思っていた。また、凛火の細工には力が宿る。凛火の力を押し出すために作っているのだと思っていたのだが。

「鬼は基本的に、修羅の道を行く生き物です。一定の期間人を襲わなければ、飢餓状態に陥って、問答無用で人を殺します。そういう作りになっているんです、鬼の身体は」
「でも、凛火さんは…」
「私はその衝動を、細工作りで誤魔化しています。修羅は鬼の娯楽です。ならば、自分の娯楽を何かに変えてしまえばいい。それで、私は細工作りを始めました」
「そんなことが…」
「はい。なので、私から細工作りを奪うことは、私の人間としての生活の終わりを示すんです」

 にっこり笑った凛火は、未だ自分の手を握っている爽に手を添えた。

「爽さまが私を守ろうとしてくださっているのは分かっています。でも、私だってただではやられませんよ。爽さまが私を庇えば、それだけ狩人の中で苦境に立たされる。それなら、妻の私が夫を守らずしてどうするんですか」

 爽は目を見張った。
 凛火は、ただ守られるだけの人ではない。それを良しとする人ではなかった。
 なんと自分は浅はかだったのだろう。一年もの間、夫婦として生活してきたというのに。

「…すまない、勝手に一人で決めようとしていた」
「いいえ、私を思ってのことだと分かっています。まあでも、そうですね。少しはご自分の身を守ることも考えてくださいね。『英雄』が『鬼火姫』を庇うなんて、前代未聞ですから」
「ははっ、そうだな」

 夫婦になってまだ一年。互いのことは、まだまだ知らないことだらけだ。
 それでも、これから知っていけばいい。
 二人は夫婦なのだから。
< 12 / 12 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

モカアート〜幼馴染と恋人ごっこしてみた〜

総文字数/32,000

恋愛(純愛)10ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop