玄関を開けたら、血まみれの男がいました

事件

 ドアを開けた私の視界を、大きな真っ黒の塊が埋め尽くした。ビリリと心臓が跳ねる。
 え、なに?
 恐怖のあまり身体は硬くなり、私はぎゅっと目を閉じた。
 どた、どた、どた、と近づく足音。熱気をまとう気配が私の目の前までやってくる。
 やばい、やばい! と思う私の脳内を、くだらない感情が駆け巡る。

 ああ、5分でも遅く帰ってくれば鉢合わせなかったのに!

 そんなことを考えたって後の祭り。
 迫りくる気配に怯えながら、私の脳内は数分前の出来事を走馬灯のように映し出した。
 おかしいな、とは思ったのだ。玄関の鍵が開いていた。締め忘れたことなんて、今まで一度もなかったのに。玄関ドアを押し開ける私の背中を、違和感がなでる。かすかな臭気に鳥肌が立つ。
 アパートの狭い玄関を通り抜けて、私、浅野神奈(あさのかんな)は六畳間のドア前で足を止めた。
 午後8時をまわった家の中は当然真っ暗。廊下の電気は点けた。見える範囲に異変はない。耳をすましても、冷蔵庫のブゥゥンと唸る音が聞こえるだけだ。
 だから、大丈夫だと思った。
 私はそっと、部屋のドアノブを引いた。
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