隣の女神
「そ、その席、俺の席じゃないですかね?」

 私好みの声の主に顔を向けると、服装だけはやたらと若い男性が立っていた。歳は、30を超えた辺りだろうか。

「えーと、私は窓側の45Kですが、何番ですか?」

「よん……45のHです……あ、これって通路側なんですか、す、すみません!」

 そう言った彼は、みるみる顔を赤くして自分の席に着こうとした。

「よければ……席、替わりましょうか?」

 私は咄嗟にそんなことを言っていた。彼の様子が、とても微笑ましかったからだ。私の突然の提案に迷っているのか、中腰の姿勢のまま私を見ている彼。その様子もやっぱり微笑ましくて、私はシートベルトを外しながら言った。

「どうぞどうぞ。いつも窓側で景色も見飽きちゃってるんで替わりますよ」

 そう言うと、彼は子どものような笑顔で礼を言い、窓に張り付き外を眺め始めた。


 私の名前は園田(そのだ)恭子(きょうこ)。小さな広告代理店の営業をしている。今年で28歳になるが、ここ数年彼氏はいない。今日は休暇だが、出張の際にも好んで飛行機を選んでいる。なんなら、ちょっとした飛行機オタクだ。雲の上を飛んでいる時の、非日常感がとても好きなのだ。

 座席に関しては、いつも最後列の窓側の席。降りるのに時間が掛かるけど、それも嫌いじゃ無い。この機材の窓側最後列は45K、「4月5日生まれの恭子」にピッタリって事で特に気に入っている。


「うーん……ん? うーん……」

 安定飛行に移ってからしばらくして、スマホの画面を前に彼が唸っていた。普段なら放っておきそうなものだけど、その大きな唸り声が『助けてアピール』にしか聞こえない。仕方なく、「どうかしましたか?」 と彼に聞いてみた。

「この飛行機ってWi-Fi使えるんですよね……? 全然繋がらなくて」

「ああ……それ設定パネルからじゃなくて、ブラウザから接続するんですよ。——そうそう、そこからです」

「こっ、ここか! 本当に何から何まですみません、有り難うございます!」

 その声はやたらと大きく、私は笑いそうなのを我慢して「いえいえ」と返しておいた。

 ついでに私もWi-Fiに接続すると、SNSアプリから通知が届いた。フォローしているバンドメンバーの新規投稿のようだ。

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ヒロキ★コンシールズ @Hiroki_CON・1分
まさかの学生以来の飛行機! 飛行機は絶対窓側だ!
と思ってたのに、間違って通路側を予約されてたっぽい(泣)
しっかりしろよ、マネージャー(人のせい・笑)!!
しかしっ!! 幸運の女神が俺に窓側の席を与えてくれた!
ヤバい、恋に落ちそうだ!(笑) でも飛行機は落ちるなよ!(笑)

#コンシールズ #新宿Cherrybomb #飛行機はいいぞ
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