隣の女神
「ひっ!!」

 今度は、投稿を読んだ私が大きな声を上げた。

「ど、どうかされました……?」

 心配そうに隣の男性、いや……限りなくヒロキと思われる男性が私の顔を覗き込んでくる。

 しばし悩んだあげく、私はスマホ画面をゆっくりと彼に向けた。

「こ、この投稿って、もしかして……」

「う、うそ……」

 彼は少々固まった後、慌ててスマホをいじり始めた。

「ひ、飛行機のWi-Fiって、乗客全員にメッセージが届くってこと……!?」

 ヒロキは、そんな事を小声で言った。そ……そんなことあるわけないし。ヒロキに機械音痴のイメージなんて無かったから、余計に可笑しくなった。

「何も不思議じゃ無いですよ。だって私、コンシールズのフォロワーですから。今日だって、新宿Cherrybomb見に行きますし」

 ヒロキはコンシールズという、覆面バンドのメインボーカルだ。三年前の対バンライブで、出会ったその日に心を奪われた。コンシールズの一般的な評価は演奏力だが、私を虜にしたのはヒロキの声だった。金属質というのだろうか、軽くハスキーなのに、それでいてあたたかい声。ハードな曲もバラードも、全て私の心に響いてくる。

 もちろん、『ヒロキ 素顔』なんかで検索をかけたことは何度かある。だが、見られないなら見られないでいいと思っていた。だって、私はコンシールズというバンドの音と、ヒロキの声が大好きなのだから。

「気をつけないと、顔バレして拡散されますよ。こんな投稿してると」

「お……俺たちのバンドレベルで、こんなのありえないって思ってたから……今度からは、気をつけます。——てっ、てか、ライブ来てくれるんっすね!! いつも応援、本当にありがとうございます!!」

 フフ。大人でも、こんなに嬉しそうな顔するんだ。そんな風に思えるくらいの笑顔で、ヒロキはそう言った。


 そこからは私の自己紹介に始まり、バンドの話、仕事の話と、あっという間に時間が過ぎていく。そして飛行機は、早くも降下体制に入っていった。

「あー……もう降りていっちゃうのか。飛行機ってほんと、あっという間だな。——園田さんはいつも飛行機なんですか? 乗り慣れてる感じですもんね」

「そうですね、飛行機使える時は絶対乗りますよ。なんていうか、非日常感がとても好きなんです。ついでに最後列が一番好きで、45Kが特にお気に入りなんです」

 私は、45Kの席を特に気に入ってる理由を説明した。

「そっ、それすごく素敵ですね! 俺の場合なら5月5日が誕生日で、名前はヒロキだから55Hか。ハハッ、ゴーゴーエッチって、下ネタっぽくてウケるけど」

 そう言ってヒロキは、クスクスと一人笑った。
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