隣の女神
「今日は本当にありがとうございました! こんなに楽しいなら、毎回飛行機に乗ってもいいくらいですよ! って言っても、帰りはメンバーの機材車だろうとは思うけど!」

 そう言ったヒロキは手荷物受取場へ、荷物の無い私は到着口へと別れていった。

 結局、何度も聞こうとしたプライベートアドレスは聞けずじまいとなった。もし教えてもらえなかったら、この素敵な想い出が素敵でなくなる気がしたからだ。それ以前に、女神様なんてSNSに書くものだから、ヒロキから聞いてくれるんじゃないかって期待もあったのに。

 でも、誰にでも声を掛ける軽い人じゃ無かったって、安心してる私がいる。

 でっ、でもでも……やっぱり、残念な気持ちの方が大きい。


***


 ホテルで少しだけ仮眠を取って、ライブ会場へと向かう。私は、フワフワとした気持ちのままライブを迎えた。

 この会場に、ヒロキの素顔を知っている人はどれくらいいるのだろう。その中でも、顔を真赤にしたヒロキを見た人は少ないんじゃないだろうか。そんなことを考えると、少しだけ嬉しくなった。

 ステージ上のヒロキはものすごくハイテンションで、ほんの少しだけ乱暴で、飛行機で隣に座っていたヒロキとは全然違う。もちろん、ステージ上のヒロキが大好きだけど、普段のヒロキも悪くなかった。

 いや、もしかしたら、普段のヒロキの方が好きかもしれない。

 それより、あまりの変わりように「薬なんてやってなかったらいいけど」と、少し心配になる。こんな考え事をしながらライブを見るなんて初めてのことだ。

 いつもなら、頭が真っ白になって一緒に飛び跳ねているのに。


「おらーー! 飛行機好きかー!? 俺は今日で大好きになったぞ!! SNS見たかーっ!?」

 MCで、観客にマイクを向けて煽るヒロキ。

「いい大人が、間違いをマネージャーのせいにすんなよ!!」

「女神って誰よー! CAさんーー!?」

 こんな感じで観客も煽り返す。

 私はこのファンとの距離感が大好きだ。もっと売れて欲しいけど、ビッグネームになって大きなホールには行かないでね、と少々複雑な気持ちにもなる。

「今回は、帰りも飛行機に決めたぜ! 席の素敵な決め方も、女神に聞いたからバッチリだ! これからはセレブヒロキって呼んでくれ!!」

 会場がセレブヒロキコールで溢れる中、私の頭の中は、飛行機のシートマップでいっぱいになった。

 羽田発の便は沢山あるけど、55Hの席を指定できる大きな機材は一日一便しか無かったはず。とにかく今できるのは、55Hの隣の席が空いている事を祈るだけ。

 セレブコールが鳴り止むと同時に始まった曲は、私が一番大好きだと伝えた『The Message』だった。

 ヒロキのシャウトが会場に響くと、私の頭の中はいつもみたく、真っ白になった。




〈 了 〉
< 3 / 3 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:3

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop