真夜中の償い
でも由里は目覚めると何も覚えていなかった。

父親の行為も母親の存在もそれまでの生活も何も覚えていなかった。

悪夢自体も覚えていない様子で、目覚めるといつもニコニコしていた。

医師はそれは由里の防衛本能で忘れることで自身の精神の崩壊を、自己防衛しているのだろうと言ったそうだ。

悪夢の頻度は決まっていなかった。

でも何か精神的にストレスがあると悪夢を見るようだった。

また由里は大人の男性を怖がった。

子供や院長くらいの高齢の男性は平気だったらしい。

しかし、由里が中学生になると目覚めた後も悪夢の内容を覚えているようになり、その意味も理解できるようになると由里はとても怯えた。

自分が汚らわしい存在のように感じて落ち込んだ。

そんなとき由里に寄り添って励まし続けたのは裕司だった。

由里は何も悪くない悪いのは由里の父親と母親できっと由里はそんな両親から逃げ出してきたんだ。

由里は勇気のある女の子で自信をもって生きていくんだと、由里に言い続けてくれたらしい。

由里は高校生になっても悪夢を克服することはできなかった。

でも少しずつ男性にも慣れていった。

一番つらかったのは裕司が18歳になって施設を出ていかなければいけない時だった。

旅立ちの儀式で院長から祝福を受けた後お別れ会をした。

その次の日裕司は施設を出ていった。

心細さに涙ぐむ由里の頭をなでて、俺はいつでも由里の兄ちゃんなんだから困ったことや悩みがあったらすぐに相談しろと言って、由里にみんなには内緒で携帯を渡してくれた。

独り立ちすることを見据えて高校生の時にバイトをしてお金をためていたのだ。

小さな部屋を借りる資金や身の回りの物を最低限揃えられるお金を貯めていた。

独立に際しては施設からまとまったお金が渡されるが国からの援助金はアパートの頭金にも満たない。

由里のいた施設はキリスト教会がバックアップしている。

施設も教会の敷地内にあり毎週日曜日にはみんな信者さんと一緒に礼拝に行く。

神父でもある院長は巣立つ子供に自費で援助金を渡してくれるのだ。

そして裕司は全国的なチェーン店のレストランでウエイターとしての職を得て働き始めた。

休みの日には時々施設に顔を出してお菓子の差し入れを持ってきてくれた。

でも裕司がいなくなると由里の悪夢は頻繁になり、由里は寝る時間を削って勉強に打ち込んだ。
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