真夜中の償い
リアムは車に戻り運転手に出すように伝えると、バックシートにゆったりと座り由里の事を考えた。

実は由里のことは1年ほど前にSKホールデイングスで何度か見たことがあった。

相馬と一緒に人を引き付ける笑顔で楽しそうに廊下を歩く二人を見かけた。

ころころと良く変わる表情と、大きな黒い瞳が印象的な清楚で凛とした美人だ。

明るく人を逸らさない根っから陽気で人好きのするそんな雰囲気の女性だと思った。

でもある時、一人で廊下を歩いている彼女を見かけたときは、そんな雰囲気ではなくて何かいやなことがあったのか唇を引き結んで、今にも泣きそうな様子でトイレに駆け込んでいった。

暫くしてトイレから出てきたときは、口角をあげてほほ笑んでいるように平静を取り戻していたが黒い大きな瞳はまだ悲しそうな色をたたえていて、リアムは胸が苦しくなった。

思わず抱き寄せたくなるような、そんなはかない雰囲気を感じさせたのだ。それ以来気になって仕方がない女性なのだ。

リアムは日頃、女性に関心を持つことはないのだけれど由里の優しい笑顔と凛としたたずまいに、そして悲しみを人には見せない強さに目が離せなかった。

しっかりと自分を持った女性だと感じられた。

父親と同じ日本人ということもあるのかもしれないが、魅せられたといっていいだろう。

相馬の秘書らしい雰囲気で仲のよさそうな二人に嫉妬にも似た想いがわいてきた時は、自分でも気持ちを持て余したのを思い出した。

そして4カ月ほど前に相馬から定年退職が迫ってきたが、自分の秘書がこちらに残って事業を立ち上げたいといっているので、ダウン
タウンでもいいからどこか小さな事務所に心当たりがないかと尋ねられた。

可愛がっている部下で何とか安全な場所に事務所を見つけてやりたいと、知り合いに声をかけているらしい。

ちょうどセントラルパークの近くのビルに空きが出た所だった。

ここは自身の個人所有にしているビルなので便宜も図ってやれる。

その旨を彼に伝えると、そんな立地のいい場所では家賃は払えないだろうというので、自分の持ちビルだし日本人の女性ということもあり応援したいと思うから家賃はいくらでもいいというと、相馬は驚いてそれはありがたいとすぐに由里に話を付けて、出せるだけの
金額を提示してきたのでそれで了解した。

この地域の相場の半額位だろう。

相馬は由里がすごく喜んでいたと彼にも感謝された。

リアムは今まで日本人の女性と付き合ったことはなかったが、リアムの父が日本人で自身も9歳まで日本に住んでいたので、純粋に彼女を応援したいと思ったのだ。

その時彼女のバックグラウンドを相馬は少し話してくれた。

児童養護施設の出身で天涯孤独。

でもすごく優秀で横浜の大学を奨学金制度で卒業したらしい。

それも4年間ずっと首席で…当然卒業の時には総代を務め、そのスピーチは今でも大学の伝説になっているらしい。

相馬は“彼女には本当に助けられた。本社に栄転できたのは彼女のおかげもあるんだ”と話してくれた。

SKホールデイングスの取締役の間でも彼女の評価は高いということだ。

相馬の後、秘書に欲しいといった役員は何人もいたらしい。

でも彼女はこのニューヨークで自分の事業を立ち上げるという、たった一人で…

とても肝の据わった根性のある女性だと思う。

でも実際の彼女はとても控えめでがつがつ行く感じではない。

先ほども名刺を渡したリアムに感謝の言葉はあっても、仕事を紹介してほしいとか取り入ろうなどという態度は少しもなかった。

清楚で凛とした美しさが男心をくすぐる。

まっすぐな黒髪をあごの所で切りそろえている。まるで日本人形のようだ。

クルクルとよく動く大きな目と笑顔が最高に可愛い。

見た目は、男性の庇護欲をそそる女性だ。

しかし、そう簡単には堕とせないだろう。

自分の見た目が男心をそそるなんて、思ってもいないだろう。天然のたらしである。

実際は不用意に手を出せば鋭い棘に、傷つけられるに違いない。

そんなことを考えながらさっき由里にもらった会社案内のパンフを眺めていた。

リアムは、自分のプライベートの携帯番号を初対面の女性に教えたことはないし、女性の連絡先を聞いたのも初めてだ。

自分の行動に自分であきれているが、でもまた会いたい。

何とか繋がりを持ちたい。

そして、このニューヨークで一人頑張ろうとしている彼女を応援してやりたいと思っているのだ。

でもこんな時女性のうわさが絶えないことが腹立たしい。

リアム自体は少しも感情が動かない相手でもパーテイに同伴したり、誘われたり、紹介されて断り切れず食事に行ったりということはあるが、ここ数年そんなことも煩わしく適当にあしらってきた。

上辺だけ美しい女性には1ミリも気持ちは動かない。

リアムは相馬に話を聞いた時点で由里のことを調べている。

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