温泉街を繋ぐ橋の上で涙を流していたら老舗旅館の若旦那に溺愛されました~世を儚むわけあり女と勘違いされた3分間が私の運命を変えた~
 外に出ると、山から吹き下ろす風が頬を刺すようだった。だけど、首をくるむマフラーの温もりに、そんなことは一ミリも不愉快にならない。むしろ心地よささえ感じる。

「これはまずいな」

 つい緩む口もとを手で隠し、誰にというわけでもなく呟く。

 俺の首にマフラーをかけて笑う顔を思い出し、胸の内がまた温かくなっていく。まさかあの瞬間、新婚のようだと感じてしまうとは。

 健気に働いてはいるが、すずは男に裏切られ、心に傷をおってこの地を訪れたんだ。たった一ヶ月で癒えるわけもない。
 ああして忙しくしているのだって、気を紛らわせるためだろう。

 焦るな。今は見守り、側にいるだけだ。
 すずが心を開かない限り、俺とて、裏切った男と変わらない木偶の坊にすぎんだろう。

 冷たい空気を深く吸い込み、若旦那衆の集まる老舗旅館の前で立ち止まる。

 大正時代から続く白楼館。その本館は当時の建造物を保全したものだ。その名の通り白塗りの洋館で四階建て。当時としては高層ビルのようなものだったろう。
 今は横に広げた敷地に現代建築となる新館があり、手広く観光客を迎えている。

 うちとは方向性が多少違うが、ここの若旦那も湯乃杜の活性化を願っている一人だ。
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