この恋、史上最凶につき。
第二十話 狼牙
その日は、黒焔の基地を出たのが少し遅くなった。
整備も会議も終わって、仲間たちは次々に帰っていく。
時雨くんは総長としての仕事が残っていて、
「終わったら送るから待ってろ」と言っていたけれど……
家までは歩いて十五分。
迷ったすえ、私は一人で帰ることにした。
夜の空気は静かで、街灯がぽつぽつと道を照らす。
だけど、胸の奥がざわざわして落ち着かない。
(……なんだろう、この感じ)
振り返るたび、誰か隠れている気配がするのに、
目に映るのは暗い道路だけ。
歩幅を速めた、その時――
「伊達雪菜、だよな?」
背後から、低い声。
「……っえ?」
腕を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
もう片方の男が口を押さえ、
冷たい金属の感触が首元に当てられる。
「声出すな。動くな」
見知らぬ黒い服。
覆面のようにフードを深く被った複数の男たち。
息が止まりそうになる。
「黒焔の総長に守られてる姫様って噂、本当だったんだな」
「伊達家のお嬢だろ? 価値あるじゃん。
“狼牙”にとっては、最高の餌だ」
(……狼牙……!
黒焔と敵対してるチーム……!)
心臓がぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。
「やめ……っ、離して……!」
「暴れんな。すぐ終わるからよ」
腕をきつく縛られ、
身体が持ち上がるようにして人気のない路地へ引き込まれる。
喉が震える。
足が地面に触れたままなのに、逃げられない。
(時雨くん……)
胸の中で名前を呼んだ瞬間——
ぶぅん、と聞き慣れたエンジン音が街を裂いた。
青いライトが走り抜ける。
あの音を知らないはずがない。
(……時雨くんだ)
光の軌跡が近づいてきたかと思うと――
「雪菜から手、離せ」
怒りに焼けた声が、闇を貫いた。
バイクが急停止し、時雨くんがヘルメットを外す。
その目は、今まで見たどんな時雨くんより冷たかった。
「……黒焔の総長を敵に回す覚悟、できてんだろうな」
狼牙の男たちがざわつく。
「チッ、マジで来やがった」
「時間、早すぎだろ……!」
時雨くんが一歩、近づく。
まるで夜そのものが押し寄せてくるみたいに空気が変わった。
「雪菜に触った“その手”――
生きて使えると思うなよ」
声は低く、静かで、残酷なほど本気だった。