この恋、史上最凶につき。
第二十一話 始まりの夏休み
終業式が終わった翌朝。
夏の光が差し込む部屋で目を覚ますと、
胸の奥がふわっと軽くなる。
(今日から……夏休み)
学校もテストも、面倒な行事も全部お休み。
少しだけゆっくりできるはず——
そう思って、
髪を整えて玄関の戸を開けた瞬間。
「……おはよ、雪菜」
「っ……と、時雨くん!? えっ、もういるの!?」
伊達家の門の前に、時雨くんが立っていた。
黒いTシャツに軽いパーカー。
どこかいつもよりラフなのに、
存在感だけはいつも通り“黒焔の総長”そのもの。
早朝の光を浴びて、どこか影が薄く見えるのに、
雪菜を見た瞬間だけ表情が柔らかくなる。
「お前が起きる前から来た」
「は、早すぎない……?」
「雪菜が家から出てくるの、今日に限って遅えから。
……誰かに連れてかれたのかと思った」
「そんなわけ……!」
思わず笑いそうになったけど、
時雨くんの目は笑っていない。
本気で心配していた目。
近づいてきた時雨くんが、
私の手首にそっと触れる。
狼牙につけられた赤い痕は薄くなりかけているのに、
彼の指はその上を確かめるようになぞった。
「……まだ完全に消えてねぇ」
「でも、痛くないよ。大丈夫」
「大丈夫じゃねぇよ。
夏休み入ったからって、気が緩むのは俺だけでいい」
「……え?」
きょとんとしていると、
時雨くんが私の顎を指先で軽く上げた。
目が合うと、
胸がぎゅっと鳴るような近さ。
「雪菜は外歩くとき、ちゃんと気を張っとけ。
俺の前以外で無防備になるな」
相変わらず言い方が強いのに、
声はどこか甘くて優しい。
「だって……今日、夏休み初日だよ?
もう少しリラックスしても——」
「できねぇ。
雪菜が自由になるってことは……
“誰とでも時間を作れる”ってことだから」
近づく。
息が触れるほど近い。
「だから今日くらいは、俺の予定に合わせろ」
「予定……て?」
「夏休み初日——雪菜は俺と過ごす。
それ以外、認めねぇ」
私の手を握る力が強くなった。
「……遊びに行こ。
お前、ずっとテストで頑張ってたし……
夏、始まったんだからよ」
その声は、独占欲だけじゃなくて、
“雪菜に夏をあげたい”みたいな優しさを含んでいて。
胸がくすぐったくなる。
「どこ行くの?」
「海。
お前の好きそうな場所、調べといた」
「えっ……いつの間に……」
「昨日の夜。」
(……もう。ほんとに……)
呆れたはずなのに、
胸がきゅっと鳴る。
だってその視線があまりにも、
“雪菜だけを追っている”から。
「……行くよ。
時雨くんが誘ってくれたんだし」
「……ああ。
今日一日、お前は俺の横にいろ」
指を絡め、
夏の光の中へ歩き出す。
夏休み初日——
時雨くんの独占欲と、私の心の鼓動と一緒に始まった。