この恋、史上最凶につき。
別の日。

 教室に近づくほど、
 時雨くんの手はゆっくり、でも確実に熱を帯びていった。

 扉の前に立つと、
 ふっと指をほどく……と思ったのに。

 ——離さない。

「……時雨くん?」

「開けるから、ちょっと待て」

 そう言って、
 私の手を握ったまま片手でドアを開ける。

 周りの視線が一斉に集まった。

 ひそひそ声が聞こえる。

「え、今日も一緒に登校?」
「また手繋いでる……」
「つーか、時雨、あんな顔してんの珍しくね?」

 なのに時雨くんは無視。
 というか……無視どころか、わざと見せつけてる感じ。

 私を連れて、
 そのまま席まで歩く。

「……あの、時雨くん」

「ん?」

「そ、そろそろ手……」

「やだ」

 即答だった。

「だ、だって授業……」

「雪菜が座るまでは離さねーよ」

(どんなルール……)

 でも、時雨くんの横顔は真剣で、
 少しでも手を離したら私がどこかに行くと思っているみたいだった。

 席に着いたらようやく——
 名残惜しそうに、指が外される。

 その瞬間、
 時雨くんの指先が私の手のひらをゆっくりなぞっていく。

(……っ)

 鳥肌が立つほどくすぐったくて、
 胸の奥が熱くなる。

「雪菜」

「な、なに?」

 小声で呼ばれ、顔を上げる。

 時雨くんは前の席に座りながら、
 椅子の背に腕をかけて私の方を見ていた。

 その目。

 まっすぐで、逃げられない。

「今日……ずっと隣にいろよ」

「授業中は無理だよ」

「心だけでいい」

「……心?」

「……俺から離れんなって意味」

 言葉が、
 そのまま心臓に落ちてくる。

(そんなの……離れるわけないよ)

 返事をしない私を見て、
 時雨くんは少しだけ表情を緩めた。

 独占欲の奥にある、
 甘くて、触れたら溶けてしまいそうな優しさ。

「……雪菜が隣いるだけで、落ち着くんだよ」

 その声があまりに素直で、
 胸の奥をぎゅっと掴む。

 夏休みが終わっても——
 私たちの距離はぜんぜん戻らない。

 むしろ近くなってる。

(……好き)

 心でつぶやくと、
 時雨くんの視線が一瞬揺れた。

 気づいたのかな。

 でも、気づかれてもいいかもしれない。

 そのくらい——
 私はもう、時雨くんから離れられない。
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