【香る物語】香りの檻
今度は笑顔で問いかけられ、言葉がこぼれそうになる。でもこれ以上先生の手を煩わせるわけには。それに私個人の問題だし。

喉から出かけた言葉を飲み込んだ。何かを察した涼介先生がさらに続ける。

「言うことで気分が良くなったり、事が解決することもある。遠慮せずに言ってごらん」

先ほどまでの堅苦しいビジネス口調とは違う、カジュアルな話し方と先生のやわらかな表情に、お兄ちゃんを思い出してしまう。そのためか、思わず言葉が滑り出た。

「……じ、実は、新しい仕事を探していて。家も出ようと思ってるんです」

自分でも驚くほど素直に言えた。涼介先生は驚いた様子も見せず、わずかに目を細めた。そして少し間を置いてから、静かに言った。

「そうか。それはいい選択かもしれないな」

それ以上は何も詮索せず、私の希望する職種と部屋の条件をメモした。先生は心当たりを探して、後日連絡すると約束してくれた。

先生が動くたびに漂う爽やかな香りと、魔法のような言葉のトーン。これが、私の抱えてる過去の悪夢と、再び現れた悪魔の臭い、お兄ちゃんと蘭ちゃんに対するドス黒い胸の痛みーーそのすべてから、私を解放してくれる気がする。

初めは威圧感があって、鋭い目つきに萎縮してしまったけど、今はさっきとは違う。先生の瞳には、陽だまりのような光が灯っていた。

あの夜、心にかかった鍵の音が『囚われ』ではなく、『解放』の音だったのかもしれない。もしかしたら、この『今』から前に進んでもいい気がする。周りのことばかり気にせず、もっと自分を大切にしてもいいーーそう思えた。
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