【香る物語】香りの檻
正式契約に至る少し前から、すでに新たなプロジェクトも始動していた。

『周産・産褥期における感覚環境調整が、母体の心理状態と回復過程に与える影響の研究』(以降、周産期環境調整プロジェクトと呼ぶ)だ。

これは妊娠から出産、産後までの女性の心身を支えるための、香りと環境づくりの研究だ。不安や緊張を和らげることで、少しでも女性が穏やかに過ごせる時間を増やすことを目的とする。

そしてもう一つ。長い間、意図的に先送りにしていた『大切な決心』を、実行に移せる段階に来ている。

……穂乃香。
血のつながらない、俺の愛しい妹。

昨夜は、研究室の同僚であり幼馴染でもある蘭と零司が、祝賀の席を設けてくれた。酒に強い方ではないのに、嬉しさに任せて飲みすぎたせいで、記憶の再生率は良くない。

それでも深く眠れたのは、穂乃香が夢に出てきたせいだろうか。曖昧なディテールのまま、細切れの残像だけが意識に張りついている。フーーッと一つ大きく息を吐き出した。

「……やはり、わか……らん」

夢の中で呟いたような言葉が、現実の口からもこぼれた。

目を開けているのに、まだ半分はREM領域に残っているような。現実と夢境の境界面がわずかに揺らいでいる感覚。

意識の奥では、昔の記憶から昨夜の出来事までが、ひと続きのデータ列になって流れていく。
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