断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

22

 ええ~…僕はヴェンデルス家の諜報を任されているシンという者です。
 今、僕はお嬢さんを嵌めて婚約者を奪い取った相手、アリアナと言う女狐…違った。令嬢を連れ戻す為に戦場に来ているんだけど…

「離せ!!」
「駄目ですって!!」

 目の前で繰り広げられているのは、暴れる我が主を必死に抑える部下の人ら。

 事の発端は数分前、僕の部下であるカナンから届いた伝書が原因。

 そこにはお嬢さんが殿下に攫われたことが記されてあって、それを知った主が剣を手に飛び出そうとしているのだ。

 その表情は、到底騎士とは言えぬ恐ろしいものだったと、後に止めに入った騎士らが口にしていた。

「団長!!落ち着いてください!!」
「おい!!しっかり抑えろ!!今行かせたら殿下の命がない!!」

 この光景を見て、シンは腹を抱えて笑っている。

「えぇい離せ!!これ以上、引き留めるならお前達もタダではすまんぞ!!」

 その言葉に騎士達は怖気づき、動きが止まった。どいつも自分の命の方が大事らしい。まあ、そりゃそうだ。

 シンは仕方ないとばかりに、足早に出て行こうとするウィルフレッドの前に立ちはだかった。

「…なんだ?止めるようならば、いくらお前でも容赦はせんぞ」
「やだなぁ、おっかない顔して。そんな顔でお嬢さんを迎えに行くんですか?」

 この人は、お嬢さんが嫌がることはしない。だからお嬢さんの名前を出せば落ち着くことはしないが、話は聞くようになるんだよ。

 その証拠に、ウィルフレッドは何とか足を踏ん張って堪えるように立ち止まった。ようやく解放された騎士達は、その場に倒れ込むようにしてしゃがみこんだ。

「まったく、向こうにはカナンもいるんですよ?その為に置いてきたんじゃないですか」
「それは分かっている。だが、万が一の場合もあるだろ」
「それは聞き気付てならないですねぇ。僕の部下が万が一なんて状況作る訳ないでしょ?」
「は、随分と部下を買っているな。珍しい事もある」

 カナンの実力は上司である僕が保証する。

 その部下を侮辱されとなれば黙ってはいられないと、鋭い目つきでウィルフレッドを睨みつけた。

 それこそ一発触発の状態で、先ほどよりも状況が悪化している事に騎士達は顔を真っ青にしながらも、どうすることも出来ずただ眺める事しかできない。

 この二人が対立したら怪我どころでは済まない事を知っているからこそ、口を挟めない。そんな騎士達の様子をシンは横目で確認すると、気持ちを落ち着かせるために息を深く吸った。

「…お嬢さんが大事なのは分かってるよ?けど、目の前の事を投げうってまで助けて欲しいと思う?」
「何?」
「あのお嬢さんのことだ。ここで任務を放り出して助けに行ってごらんよ。きっと、軽蔑されると思うけど?」

 真っ当な事を言われ、ウィルフレッドはバツが悪そうに黙ってしまった。

「まずは、こっちを終わらせてから助けに行った方がお嬢さんの好感もいいんじゃないんですか?」

 シンは騎士達に目配せすると「そ、そうですよ!!」と同調してきた。

 ウィルフレッドは頭を豪快に搔きむしると、舌打ちをしてからこちらに向き合った。

「…分かった。そういうことなら、この任務は今日中…いや、半日で片を付ける!!」
「「はぁぁぁぁ!?」」

 力強く言い切ったウィルフレッドに、その場にいた全員が声を荒げた。

「無茶ですよ!!」
「そんな化け物じゃないんだから…」
「最低でも数日はかかります!!」

 口々に言うが、ウィルフレッド騎士達が「ヒュッ」と息を飲むほど冷たい視線を向けた。

「ほお?やっても見ぬうちから出来ないと…お前達は誰の元で育った?俺だろ?こんな事で弱音を吐くな!!」

 この場合、弱音とか云々の話じゃないが、今のウィルフレッドにはその言葉は届かないだろうと、騎士達は顔面蒼白になっている。

(無茶ぶりにも程があるっての…)

 シンですらそう思ってしまう。
 騎士らは重い足取りで持ち場に戻ろうとしていた。それをシンが苦笑いを浮かべながら見ていると…

「何の騒ぎです?」

 顔を覗かせたのはアリアナ。ウィルフレッドはその姿を目にすると、眉間に皺を寄せ詰め寄った。

「…お前…」
「あら、嫌ですわ。恐いお顔…」
「黙れ!!お前、ロドルフがリーゼを攫う事を知っていたな!!」

 怒りに任せたウィルフレッドを相手にすれば、大抵の者は怯えたり凄んだりするが、アリアナは違う。

「まあ、そうなんですか?」

 自分は何も知らぬ存ぜぬと言う雰囲気で言い切った。

 だが、気付かれぬように手で口元隠していはいたが、シンからはしっかりとほくそ笑んでいるのが見えた。

「そうなれば、リーゼ様は殿下のお手付きとなってしまいますわね」

 嬉しそうに言いながら、ウィルフレッドの傍へと寄る。

 この女はようやく落ち着いた爆弾に再び火種を付けるつもりか!?と、その場にいる全員がハラハラしながら見守っている。

「安心してください。ウィルフレッド様にはわたくしがおりますわ。身も心もしっかりと癒して差し上げます。…何なら今からでも…」

 上目遣いで擦り寄るが、それを見下ろすウィルフレッドの眼は蔑むように酷く冷たい。

「リーゼは簡単に抱かれるような女ではない。お前と一緒にするな」
「はっ、そんな痩せ我慢を…殿下に抱かれてしまえばリーゼ様は貴方のものではなくなるのよ!?わたくしが声を掛けてあげているんだから、応えるのが筋ではなくって!?」

 何だこの女…頭が悪いとかいうレベルじゃない。道徳的におかしい。

 シンはあまりの物言いに唖然としたが、今はそんな事よりウィルフレッドをこれ以上刺激しない事が重要だった。

「はいはい。そこまで」

 ウィルフレッドが爆発する前に、止めに入ったが「何なのあんた」と、これまたゴミを見るような目で見られ、笑顔が引き攣ったが何とか誤魔化した。

「お初にお目にかかりますね。僕は、ヴェンデルス家の諜報─」
「長ったらしい自己紹介は要らないのよ。あんたが誰なのかなんてどうでもいいの。早くそこをどいて頂戴」
「…………」

 あまりの言い草に、シンは笑顔のまま黙ってしまった。

「あぁ~…と…主?僕って、女の子には手は出さない主義なんだよね」
「…それは初耳だな」
「うん。だけど、その誓いが今日ひっくり返りそうだよ」

 スンッとシンの顔から笑顔が引き、薄らと目を開けながらアリアナを睨みつけた。
 アリアナは「ヒッ」と小さな悲鳴を上げたが、シンは気にせずアリアナの髪を掴み上げた。
「きゃぁ!!」と叫び声と共に、必死に掴んでいる手を振りほどこうとするが、すればするど痛みが走る。

「お前いい加減にしろよ?僕の手を煩わせるな、面倒臭い。黙って言うこと聞けば、痛い目に合わなくて済んだのにね。残念。…僕の機嫌ひとつで、首が飛ぶかもよ?」

 スッと首を指でなぞると、アリアリは更に顔色を悪くした。

「─う、ウィルフレッド様!!助けて!!」

 涙目で訴えるが、ウィルフレッドは冷たい視線を送るばかりで助けようとはしない。

 アリアナはこのままでは自分の命が危ないと、必死に叫んだ。

「な、なんの権限があってこんな事─!!わたくしは次期王太子妃よ!!こんな事許されるはずないわ!!」
「許す許さないもこっちが決めること。あんたは今から王都に戻って、然るべき処罰を言い渡されるんだよ」
「は!?」

 ようやく自分の立場に気が付いたアリアナは「嫌よ!!」「何でこんな事に!!」「私は悪くない!!」等と必死に抵抗するが、シン相手には為す術もない。

 アリアナは引き摺られるようにして、連れていかれた。
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