断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

7

 ウィルフレッドの屋敷に来て早一週間。

 大分この屋敷にも慣れてきて、日中は部屋に籠る事も少なくなってきた。
 ここ数日、ウィルフレッドは仕事が立て込んでいるらしく、帰宅はいつも深夜を回った頃だった。

 何故そんなことが分かるか?部屋が隣だから、知りたくなくても知れちゃうのよ……

 あれでも団長だからね。暇な方が珍しい。

 そんなことを思いながら庭を眺めていると、庭師のテオが何かやっているのが目に入った。

「テオ!!」
「あ、リーゼお嬢様」

 リーゼはすぐに庭に出て、テオの元に駆け寄った。

 テオは無愛想で目付きが悪く、それを隠すように前髪で目元を覆っているので一層近寄り難い雰囲気があるが、こちらが話しかければちゃんと返してくれるし、分からない事があれば丁寧に説明もしてくれる。

 何より花を愛する者に悪い者はいない!!

「何してるの?」
「ポプリを作ろうと思って」

 足元を見ると、沢山の花が並べられていた。その香りのいい事…

「ポプリにするには花を良く乾燥させてから作るんだ。このハーブは虫除けにいいし、こっちのは安眠効果がある」
「へぇ…」

 ポプリ一つ作るにも手間がかかるし、効能も様々なんだと知った。

「お嬢様も作ってみる?」
「え!?」
「乾燥まで終われば、後は小袋に入れるだけだから」

 テオの手には小さな小袋が握られていた。これに入れろと言っているのだろう。
 別に断る理由もなかったし、自分の好きな香りを作れるなんてちょっと面白そうだと思って、テオの横に座り一緒になってポプリを作り始めた。



 ……──どのぐらい作業していただろうか、気づいたら日が暮れ始めていた。

「もうこの辺でやめておこう」
「結構疲れるのね」

 ずっと座ったまま、同じ姿勢でやっていたもんだから背中と腰がガチガチで「ん~…」と背筋を伸ばした時の快感と言ったら堪らん。働いたって実感する瞬間だ。

「はい、これ持ってって」

 腰を叩きながら立ち上がると、テオが作ったばかりのポプリを数個手渡してきた。

「いいの?」
「こんなに要らないし。手伝ってくれたお駄賃」

 別にお駄賃目的じゃないんだけど…と思いながらも、人の好意は単純に嬉しい。

「そう?なら有難くいただくわ。ありがとう」

 お礼を伝えて、リーゼは部屋へと戻った。

 戻る途中、お世話になっている使用人達に会ったのでポプリを配り歩いていると、丁度ミリーにも会った。
 ミリーにもあげると満面の笑みを向けて喜んでくれた。こういう顔を見ると、こっちも嬉しくなる。

「当然ウィルフレッド様にも用意されているんですよね?」
「は?なんで?」

 リーゼは不思議そうに首を傾げた。ミリーは徐々に顔色を青くしていった。

「それはいけません!!主人であるウィルフレッド様がいただけないのに、使用人である私が貰う資格はありません!!」

 そう言って、先ほど渡したポプリを押し付け返そうとしてくる。

「ちょ、別に私がいいって言ってるんだからいいじゃない。団長様は関係ないわよ」
「駄目です」

 何が駄目なのか分からないが、ミリーの鬼気迫る目にリーゼは何も言えなくなってしまった。
 幸か不幸か、ポプリはあと二つ残っている。

(どっちも自分用にしようと思ってたんだけど…)

 リーゼは不満そうに顔を歪めたが、目の前のミリーを相手にしては「分かった」と言うしか出来なかった。

「絶対。絶っっっっ対に渡してくださいよ」
「……は、はい」

 ミリーの必死な圧に負けて思わず頷いてしまった。

 その返事を聞いてミリーは満足そうに微笑むと、仕事に戻って行った。戻る際にも「絶対ですよ!!」と念を押された。

 ここまで言われて、渡さなかった時のリスクを考えたら恐怖でしかない。

 リーゼは仕方ないと、安眠効果のあるポプリを包むとウィルフレッドの部屋のドアノブに掛けておいた。
 誰も手渡しで渡すとは言っていない。渡し方はどうあれ、ウィルフレッドの手に渡ればいいのだ。

 一応、誰からか分かるように手紙は添えている。後は、向こうが受けるかどうか…

「……受け取ってくれるかな……」

 自然と出た言葉にハッとした。

「な、なに言ってんの!?今のは……そ、そうよ、贈り物を捨てられたら誰だって腹立つもんね!!」

 自分にそう言い聞かせて、枕に顔を埋めた。



 ❊❊❊



「おや?どうしました?」

 深夜、部屋の前で立ちすくんでいるウィルフレッドを見つけたのは執事のジルベール。

「ああ、可愛い贈り物が届いていたんでな」

 嬉しそうに手にしている物を見つめていた。それは昼間リーゼが作ったポプリと手紙だった。

『遅くまでお疲れ様です。テオに教えてもらって作りました。安眠効果があるようなので、よかったら使ってみてください』

 素っ気ない文章だが、リーゼらしいとウィルフレッドはだらしなく顔を緩めていた。
 そんなウィルフレッドの表情を見て、ジルベールは「ようございましたね」と、こちらも嬉しそうに言い返していた。

 ここ最近、仕事やらあの問題児二人の件で忙しく、彼女と顔を合わせることが出来なくて苛立ちが募っていたが……これは不意打ち過ぎる……

「参ったな…今すぐ抱きしめたい」
「それはいけませんよ。いくらご自分の屋敷でもやっていい事と悪い事がございます」

 我慢ならないとばかりにウィルフレッドは大きな手で顔を覆いながら呟くが、すぐにジルベールの冷たく冷静な言葉に止められた。

「…真面目だな」
「当然です。主が間違った方向に行かないように止めるのも従者の務め」
「はぁ~……分かった分かった」

 お手上げだと両手を挙げると、ジルベールはおもむろに胸ポケットから一枚の封筒を取り出した。それには王家の紋章が入っていた。
 すぐに誰宛かの察しのついたウィルフレッドは、眉間に皺を寄せた。

「なるほどな、王家の印が入っていれば無碍にはできんからな。あいつも考えたな」
「いかがいたします?」
「今すぐ破り捨ててやりたいことろだが、ここまでやって来られても厄介だ。それは彼女に渡してくれ。彼女の判断に任せよう」
「承知いたしました」

 出来る事なら渡したくない。どうせ復縁を求めるものだと分かっている。
 ここで彼女がロドルフの元に戻っていったら…そう考えると酷く恐ろしい。だが、このままではロドルフの執着は酷くなる一方だ。ここではっきりさせておいた方がいい。

(大丈夫だ…)

 ウィルフレッドはベッドに入ると、リーゼが作ってくれたポプリを枕元に置くと、ゆっくり瞼を閉じた。
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