嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-

番外編《小話》今となっては

「義兄上、ひとつお伺いしたいことが……」
「なんだ?」

 たのしげに語らうリーゼロッテとツェツィーリアを遠巻きに眺めながら、隣に立つルカがジークヴァルトを見上げてきた。

「義兄上は、その……どうやって我慢をしてきたのでしょう?」
「我慢?」
「はい、義姉上に対して、男としての歯止めというか……」

 言葉を探しながら、ルカが困った顔をする。何と言ったらいいのか分からないといったふうだ。

「……わたしはツェツィー様につい触れてしまって。そのことで先ほども怒られてしまったのですが、ツェツィー様が愛おしすぎてどうしても我慢できないのです……」

 婚約したとはいえ、ルカはツェツィーリアと滅多に会えないでいる。久しぶりに顔を見て、触れたくなるのは当然の思いだろう。

「その気持ちは分からなくもない」
「ですが義兄上はきちんと節度を保っておられたでしょう? わたしは義兄上のように、婚姻まで何もしないでいられる自信はありません」

 小さくため息をこぼしたルカが、切なげな視線をツェツィーリアに向ける。ジークヴァルトもつられるように、無邪気に笑うリーゼロッテを見やった。

「特に義兄上たちは、婚姻前からずっと一緒にいたではないですか。義姉上がそばにいて、どうやって我慢をされていたのでしょうか……?」
「どうやって……」

 確かに鬼のように我慢はしていた。だが改めて聞かれると、何をしてこの思いを押さえていたのか、自分でも一向に思い出すことができなかった。

 婚姻を果たし、リーゼロッテとは夫婦となった。あの髪に触れ、誰に(はばか)ることもなく柔らかな唇を(ついば)む毎日だ。

 色づいた肌に指を這わせ、耳にあまい吐息を聞きながら、毎夜、彼女の熱に包まれる。

 余すことなくリーゼロッテを知り尽くした今では、耐え忍んでいたあの日々が幻に思えてくる。時が戻ったとして、同様に(こら)え続けることなど、この自分に果たしてできるだろうか。

「正気の沙汰ではないな」
「義兄上……?」
「いや、何でもない」

 不安げに見上げるルカをじっと見つめ返す。思い出せなかったとしても、義兄として何かを伝えるべきだろう。

「強いて言うなら、無だ」
「無?」
「ああ。心を(しず)めてすべてを無にしろ。目の前にある笑顔だけを守るつもりでいればいい」
「笑顔だけを……」
「泣かせたくはないだろう?」

 大きく目を見開いたあと、ルカはぱぁっと顔を明るくした。

「さすがは義兄上! ツェツィー様の泣き顔も可愛すぎて(たま)らないなどと思っている浅はかなわたしとは大違いです!!」

 頬を上気させ、尊敬のまなざしを向けてくる。そんなルカを前に、ジークヴァルトはぐっと眉根を寄せた。


(……泣かせたくなる気持ちも、分からないでもない)

 口に出されることなく、ジークヴァルトの胸の奥底に、その言葉はそっとしまわれたのだった。




番外編《小話》今となっては おしまい








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