嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 快く頷いたベンノだったが、子爵の姿が見えなくなった途端、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「まったくなんでこのオレが乳臭い小娘(ガキ)の世話なんか」

 子爵には実子がいないため、彼がブルーメ子爵家を継ぐ話が出ているらしい。そんなときに突然現れたルチアのことを、ベンノは快く思っていないようだ。
 彼はいつも外面(そとづら)が良く、誰も見ていないところではルチアに冷たく当たってくる。そんなわけでルチアはベンノに苦手意識を持っていた。

「仕方ないな。一曲だけ踊ってやる」
「でもわたくしは……」

 ゆっくり休むよう言われたのに、無理やりダンスフロアへ連れていかれてしまった。有無を言わさず手と腰を取られて、流れ出したワルツに仕方なくルチアは踊り出した。

「叔父上は怪我だなんだと大げさすぎる。お前も貴族街ですっ転ぶなんざ、育ちが知れてるってもんだ」

 せせら笑いながら強引にリードしてくる。初めて踊る相手とは息が合わないことも多いが、乱暴な動きばかりするベンノは、女性に対する気遣いがまったく見られない。もつれてステップが乱れたルチアは、ベンノの足を踏みそうになった。

「ちっ、ダンスも下手くそすぎるな。なんでこんなのを叔父上は養子に迎えたんだか」
「そんなことわたくしに言われたって……」
「口答えするな! お前は黙ってオレに従っていればいいんだっ」

 強く(まく)し立てられて、ルチアは益々委縮してしまった。唇を噛みしめ、涙がにじみそうになる。

(カイだったら、もっとやさしくリードしてくれるのに……)

 デビュー前に呼ばれたデルプフェルト家の夜会で、ルチアはカイに無理やり踊らされた。でもそのときはベッティの(はじ)くピアノに合わせて息ぴったりに踊れたのだ。
 あの日も渋々踊ったが、今思えばカイと過ごせるとても貴重な時間だった。勿体(もったい)ないことをしたなどと、カイのことばかりが頭を巡る。

「ここまで付き合ってやったんだ。あとは(すみ)の方でおとなしくしてろ」

 曲が終わるなり、ベンノはルチアを置き去りにしてどこかへ行ってしまった。ダンスフロアの片隅に、ぽつんとひとり取り残される。
 見回してもブルーメ子爵の姿はない。酔った紳士の不躾な視線を感じ、意を決しルチアは女性専用の休憩室がある扉へ向かっていった。このままここにいて変な男に絡まれるのは避けたいところだ。

(そこまで行けばベッティにも会えるだろうし)

 休憩室のそばには侍女用の控室もある。義父が戻るのを待つよりもその方が安全に違いない。心の内でそう言い訳をして、ルチアは目立たないよう壁伝いに歩を進めた。
 ふと先ほどカイを見かけた付近で立ち止まる。その先にある扉から、カイは夫人と出て行ってしまった。

 真相を確かめたい思いに駆られたルチアは、行き先を変えその扉から廊下へと向かったのだった。





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