嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-

第34話 永遠の楔

 貴族院の会議が夕刻までもつれ込み、不毛なやりとりはまだまだ続きそうだ。
 ひじ掛けに頬杖を突いて、例のごとくハインリヒはしかめ面で瞼を閉じていた。
 頭に響く王たちのおしゃべりをBGMに思考が巡る。
 自問自答するくらいしか暇をつぶす手立てがない。王たちの突っ込みに動じない程度には、このいかれた状況にも慣れてしまった。

(ヴァルトたちは辺境の地か……)

 今頃はのんびり過ごしているに違いない。
 ツェーザルの脱獄で隣国介入が疑われている現状だ。これから起こり得る有事を思うと、今のうちにゆっくりさせてやるのも悪くはないだろう。
 だが本音は羨ましいの一言に尽きた。王の立場でなければ、自分もアンネマリーと双子たちと長い休暇を満喫してみたいものだ。
 そんなことを考えながら、ハインリヒは頬杖の腕を無意識のまま入れ替えた。

 ――時が来た

 そのとき王のひとりが重々しく言った。
 退屈な会議が終わったのかと瞼を開く。しかし視線を向けた先では、未だ茶番劇が繰り広げられていた。

 ――とうとう来たか

 別の誰かが言ったのを皮切りに、他の王たちも口々にしゃべりだす。

 ――いよいよその時が来た
 ――盟友に黙祷(もくとう)
 ――黙祷を
 ――黙祷を……

 ふいに映像(ビジョン)が視えてくる。
 石造りの武骨な城塞。床に倒れる灰色の髪の騎士。天から射す龍の烙印。
 脳内で展開されるホログラムに、ハインリヒは弾かれるように立ち上がった。

「ここで閉会とする。宰相、あとは任せた」

 貴族たちの注目を浴びるも、構わず評議場を出る。普段なら執務室に向かうところを、ハインリヒは王妃の離宮を迷わず目指した。
 早すぎる王の戻りに慌てふためく女官の脇をすり抜け、子供部屋の扉を開く。ベビーベッドを見守っていたアンネマリーが、こちらに気づき笑顔で立ち上がった。

「今日は早かったのね。双子ならちょうど今……」

 性急に細い腰を引き寄せ、腕に強くかき(いだ)く。
 やわらかな髪に顔をうずめ、ハインリヒはその耳に口元を寄せた。

「カイが、星に堕ちた」

 絞り出すような低い声に、アンネマリーが息を飲む。
 嗚咽を堪えようにも、どうしようもなく吐息が震えてしまった。呆然としたままアンネマリーが、そんなハインリヒの背中を言葉なく抱きしめる。

 この数日後、辺境の地ヴォルンアルバからオーランウブス侵攻を知らせる早馬が訪れた。
 その余波で、哀しみに暮れる余裕もないほどハインリヒは激務に見舞われることになるのだった。

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