月明かりの下で、あなたに恋をした

第1話


「すみません! 誰か──」

声が薄暗い廊下に反響し、重い沈黙に呑み込まれた。返事はない。

市立美術館の重厚な扉は、自動ロックで完全に閉ざされている。扉の横で赤く光る表示灯が、容赦なく現実を突きつけていた。

背筋に冷たいものが走る。

閉じ込められた……。

11月第2週の金曜日、午後10時。私、(ひいらぎ)彩葉(いろは)は、誰もいない美術館に一人取り残されていた。

スマホを取り出すが、画面には「圏外」の文字。古い石造りの建物が電波を遮断しているのか、メールも使えない。

どうしよう……。呼吸が浅くなり、頭の中が真っ白になる。

落ち着いて、彩葉。警備員が巡回に来るはず──。

その時、遠くで足音が聞こえた。

コツ、コツ……

「あの、誰かいますか!?」

もう一度叫ぶと、足音が近づいてくる。角を曲がったところから、人影が現れた。

……男性だった。私より少し年上に見える。柔らかな茶髪、黒いコート、肩にかけたトートバッグ。片手には文庫本。

ほっとして声をかけようとした瞬間、相手が先に口を開いた。

「もしかして……閉じ込められました?」
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