社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「ヨーロッパ拠点担当の既存二チームとは別にチームを作り、新プロジェクトを担当することとします。勝手ながら、メンバーは私の方で選出させてもらいました。名前を呼ばれた者はその場に起立願います」
 どよめきがざわめきに変わり、一瞬にして会議室内に緊張が走った。
 部長はそんな空気を気にすることなく、部員の名前を呼び上げていく。
 指名された部員たちは、高揚を隠しきれない、やや上擦った声で返事をした。
 広い会議室のあちらこちらで立ち上がったのは、部内でも特に優秀な人ばかりだ。
 まさに精鋭メンバーといっていい面々が、みな一様に頬を紅潮させていた。
 他の人たちは、彼らに羨望の眼差しを送りつつ、ちょっぴり悔しそうに拍手をしている。
 とはいえ、私にはあまり関係ないことだ。
 すごいな、とは思うけど、他人事にすぎない。
 ぼんやりと彼らを眺め、誰かが立ち上がるたびに手を叩いていると……。
「新チームには、専属のアシスタントとして、事務職社員を一名配置します」
 そう言って、部長がゆっくり目線を上げた。
 一瞬目が合った気がして、私はピタリと手を止める。
「宇佐美ちひろさん、お願いします」
 部長の薄い唇の動きが、やけにゆっくり、スローモーションのように見えた。
 そのせいか、耳にしたのは私の名前なのに、別の誰かの名前のようで、即座に返事ができない。
「宇佐美さん?」
 会議室がザワザワする中、部長がやや怪訝そうな声で繰り返した。
「宇佐美さん、呼ばれてる」
 隣に座っていた先輩に小声で教えられ、私はハッと我に返った。
「え? あっ……」
 慌てて立ち上がると、みんなの注目が集まる。
 疎らな拍手に、私は条件反射で身を竦めた。
「メンバーは以上」
 部長は、私も含め、その場に立った全員をぐるりと見回し、短く告げる。
「新チームは来週月曜から始動してください。このプロジェクトに専念してもらうため、メンバーの現業務は他の者に引き継ぐこととします。各チーム主任は、引き継ぎスケジュールと割り振りを早急にお願いします」
 部長の指示を受け、主任たちが揃って返事をした。
 選出されたメンバーたちが着席しても、私は呆然としたまま動くことができず……。
「宇佐美さん、どうしたの? 座って」
 先輩に促され、ギクシャクと腰を下ろす。
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