悪女な私とは婚約破棄してください。なのに、冷徹社長の猛愛からは逃げられない
 正体不明の、甘くて、苦い感情が胸に込みあげて痛いほどだ。
 自分を苦しめるこれは、やはり後悔ってやつなのだろう。

(もっと早く向き合うべきだった。志桜にも、自分の気持ちにも――)

 半年前にKAMUROの店で会ったあと、自分は婚約破棄の連絡を取りやめた。あの行動のなかにもう答えはあったのに。

「……君のいる未来を願ってしまった」

◇ ◇◇

「準備はできた?」

 志桜がスーツケースを抱えて階段をおりていると、下にいた楓がこちらを見あげて声をかけた。

「はい。忘れもののチェックもばっちりです。長い間、お世話になりました」

 一週間の滞在予定は瞬く間に過ぎ、今日はもう日本に帰る日だ。行きは別々だったけど、帰りは彼も一緒。海外との往来に慣れている楓は身軽なもので、ラフな服装にボストンバッグをひとつ抱えただけ。

(酔いつぶれた姿を楓さんに見られてしまったのは汚点だけど……うん、来てよかったな)

 この地で過ごした数日を振り返り、志桜は満足げに頬を緩める。
 色々なお店がどんなふうにAIを取り入れているのか、客の反応も含めて視察できたのは本当に勉強になった。今、頭のなかにはKマシェリの企画に取り入れたいアイディアがたくさん浮かんでいて、とてもワクワクしている。

「楓さん」
「ん?」
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