恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第七話
「……えっ、どうしたの?」
放送室に由衣が、まるで泣きそうな顔で入ってきて。
思わずわたしは、読んでいた雑誌を落としかけた。
「姫妃ちゃんこそ、どうしたの?」
気丈な笑顔で、聞いてくるから。
「好きな女優さんの、『恋愛』ドラマ特集読んでただけだよ?」
普通に答えてみたのだけれど。
……ちょっと、なにがあったの?
「アイツと、夏緑が会ってるんです……」
「えっと、海原君と。不思議ちゃんの鶴岡夏緑のこと?」
「……ほかに、誰かいます?」
まぁ、いないよね……。
でも、それがどうかした?
同じクラスだから、日直とかのこと?
それなら、月子と陽子がまさにいまやってるよ?
「話しがあるからって、相談したいからって……」
それのどこが、おかしいの?
「……だって姫妃ちゃん、心配になりません?」
最近わたし、出番が少ないから。もしかして勘が鈍っていたのかな?
由衣が、割と『恋愛』的な心配をしているんだって。
……ごめんね、いまやっと気づいた。
ただね、わたしは昔みんなに宣言したとおり。
性格悪いから、ストレートには向き合わない。
「由衣、やっと好きだと自覚したの?」
そんなことを聞いてあげたりなんて、してあげない。
だってそうでしょ?
やっと陽子が降りて。
美也ちゃんが、受験だから少し控え目で。
玲香も、月子もつられて落ち着いていて。
恋愛的には穏やかに、クリスマスを過ごせそうなのに……。
……ここであえて、波風立ててもって思わない?
「あのふたりだよ? 『そんな気持ち』なんてなにもないでしょ〜」
もう、ドラマの展開よりわかりやすいと思う。
一番ありえない組み合わせだから。
そんなの心配するだけ、時間の無駄だよ。
……あれ?
でも、『ドラマなら』それって。
大どんでん返し、ってこと?
……このあと、視聴者の予想を裏切る展開に!
えっ、それって……。
わたしたちにも、当てはまるってこと?
「由衣! あのふたり。どこで『密会』してるの!」
「……えっ?」
「『密会』なんて! そういうの、よく・な・い・よ!」
わたしは思わず、ふたりきりの場面を想像する。
マズイ、それはマズイ。
そんな展開、一番見たくないやつだっ!
「お待たせ〜。なんだか、月子が飛んでいってね〜」
「ごめん、遅くなったね」
「陽子、玲香! 海原君がピンチ!」
「え、どういうこと?」
「由衣、説明し・て・っ!」
……なんだか姫妃ちゃんの、変なスイッチが入ってしまった。
だけどおかげで、陽子ちゃんも玲香ちゃんも。
「昴君と、夏緑が?」
なにもあるわけがないと、確信を持って答えていて。
おかげで、わたしは。
アイツのことで、心が揺れることはあってもいいし。
逆に心配し過ぎても、しかたがない。
ここのところ、つい忘れがちだったことを思い出せた。
ただ、急に安心し過ぎたせいで。
最近わたしを悩ませていた、『別の問題』の存在まで。
ついうっかり忘れてしまったことに。
このときのわたしは、気づいていなかった。
「それで、結局ふたりはどこにいるの?」
「知ら・な・いっ!」
「まぁ、そのうちくるでしょ〜」
そうだ、アイツがきたら聞けばいいだけなんだから。
「あとで、思いっきりとっちめちゃいましょう!」
わたしは、やっぱり。
わたしのやりかたで接すればいいんだと。
そう思うと、久しぶりに。
……わたしは笑顔になれた気がした。
……なんだか、背筋がゾクっとする。
「ウナ君、どうしたの?」
「あ、いや悪寒がしただけで……」
「風邪とかじゃないよね?」
鶴岡さんが、そういって。
何気なく、右手を僕のおでこに当てようとして……。
「ちょっと! なにしてるのよ!」
あぁ、三藤先輩が……。
すごい勢いで、入ってきたもんだから。
「えっ? あっ!」
そういって、不思議ちゃんが驚いたついでに。
座っていた僕のおでこを、両手で突く感じになって……。
「ガンッ!」
大きい音と、鈍い音が同時にして。
僕の頭が、機器室のスチールのキャビネットに激突した。
あ、頭から……煙があがる……。
漫画でよくある情景が。
まさか、自分の身に起こるなんて……。
自分のしたことに、驚いている女子高生と。
勘違いだとはわかったけれど、なんだか不機嫌な先輩が。
僕を見下ろしたまま、固まっている。
「ご、誤解でして……」
「天罰で、いいんじゃないかしら?」
「ウナ君、ごめんね……」
「いいのよ、悪いのは海原くんなのだし」
そ、そんなぁ……。
ただ、そのおかげというかなんというか。
このあとは、穏やかな感じで鶴岡さんと話しが。
できそう、だったのに……。
「……えっ?」
藤峰先生と、高尾先生。
な、なんでふたりが、ここにいるんですか……?
「講堂で、打ち合わせしてたらねぇ……」
「なんだか、悲鳴が流れてきたのよ……」
どう見ても昼寝していただけ、そんな顔のふたりが。
僕でもわかる嘘を平気でつく。
「失礼ねぇ!」
「パン食べて、考えごとしてたの!」
……で、寝たんですね。
でも、どうして僕たちの声が?
「あっ……」
「そういうことね……」
三藤先輩と同時に、僕も理解した。
この、『不思議ちゃん』の仕業か……。
「鶴岡さん、そのボタンは押さないでね」
「機器室の音声が、講堂内に流れてしまうので、押してはダメよ」
「す、すいません! なんか押しやすくてつい!」
スイッチは、やたらと押すもんじゃないのに……。
やれやれ、次回からは気をつけないと。
「じゃぁ先生たち。どうぞ『打ち合わせ』にお戻りください」
僕がせっかく、昼寝に戻れと親切に伝えたのに。
「なんでっ! わたし最近全然出番ないしっ!」
「ふ、藤峰先生……」
「おまけにずっと、ネタ引きずってるでしょ! ひとつくらい聞かせてよっ!」
ただでさえ面倒な先生が。
勝手にひとりで、ヒートアップしている。
物の本によれば、クリスマス前になると『荒れるおとな』がいるらしいけれど。
そういうタイプなのか、この先生?
「海原君……佳織に恋人いないのとか、トップ・シークレットだからね……」
高尾先生が、耳元でボソリとささやくけれど。
そんなのもう公然の秘密、いや秘密でさえないでしょうに……。
「き、響子と一緒にしないでよっ!」
あぁ、いわんこっちゃない。
「そんな、わたしにだって秘密くらい!」
暇なふたりが出番を求めて。どうでもいいことをはじめてしまう。
まったく、ふたりとも。
学校でパンばかり食べていないで。
澄ました顔で街角で立っていたら、ひょっとしたら誰かが……。
「……それは間違っているわよ、海原くん」
三藤先輩が、僕の心の中を読んだらしく。
力強く僕の意見を否定すると。
「……どんなに美人でも、愛想がなければ三日で飽きるものよ」
「えっ? つ、月子……」
「なにそれ……自己紹介?」
さりげなく『自爆』している。
「……先生がた、どういうことですか?」
「あ、いえいえ……」
「なんでもないわよ……月子って、物知りなんだね」
たぶん、三藤先輩は。
新しく読んだ本にあったセリフを、使ってみたかっただけだろう。
ただおかげで、先生たちがおとなしくなってくれたので。
それはそれでよしとしよう。
さらに加えて……。
「月子ちゃんって。ガチの恋愛小説とか、読むんですか?」
不思議ちゃんの鶴岡さんが、ナチュラルに質問してくれて。
「……たまにだけれど、どうして?」
先輩のそんな答えを聞けて。
先輩が読むのは、古典だけじゃないんだと。
改めて知ることができて……少し新鮮な気分になった。
「……もういいから海原君、先に進めよっか?」
高尾先生は、そういうと。
「夏緑ちゃんの、転校の話しよね?」
担任だもの、当然知っているわよ。
……そんな、顔をしたけれど。
「え? 違ったの?」
「し、知りませんけど……」
「そ、そうなんですかっ!」
「うそっ……」
「えっ?」
「な、なんで……」
あぁ……。
三藤先輩と、僕だけじゃなくて。
先生たちが、余分にしゃべるもんだから……。
文字にすると、ややこし過ぎる。
……あの、鶴岡さん。
すいません。
どれが自分のセリフだったか、もう一度お願いできますか?
「な、なんで……」
このとき、律儀にも。
もう一度声にしてくれた、不思議ちゃんは素直でエライ。
ただし、その手が同時に。
講堂の機器室の、『秘密の扉』を開いたことなど。
この部屋の誰も、このときは。
まったく知らなかったのだ……。