恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた
第六話
……海原と『また』、話せなかった。
二十三時を回った頃、わたしはベッドに横になると。
最近毎晩、同じことを考える。
きょうで年内最後の、午後の授業が終わって。
明日からは部活の時間が増えるとはいえ。
そろそろ、ちゃんと聞いて欲しかった……。
「あ、あのさ海原……」
「ん? どうした、高嶺?」
そこまでは、きょうも昨日も、それより前だって変わらないけれど。
「ねぇ海原君。いまいいかな?」
「すまん、海原!」
「悪いけど、海原いる?」
尋ねかたも、訪ねかたも色々だけど。
教室ではそうやって誰かが、わたしからアイツを奪っていく。
部室ではみんながいるから、話せないし。
それは往復の電車の中でも、変わらない。
あぁ、アイツが。せめてスマホでも持っていたら。
寝る前に、相談したりできるのに……。
かといって、わざわざアイツの家に電話するのも嫌で。
結局わたしはこのところ。
……要するにずっと、アイツと話し損ねている。
わたしにはいま、悩みがある。
答えなければ、いけないことがある。
それについては本来、結論など出ているのだけれど。
迷いというか、『この時期』だからなのか。
わたしはアイツに、きちんと話しをしてから。
……その返事をしたいと思っている。
「あぁ、寝たいのに! 眠れない!」
しかたないから、英単語帳をもう少しだけ。
あと一回読んでから、目でもつぶろう。
……不思議なことに、最近成績があがってきた。
そういえばずっと前に、美也ちゃんが。
「放送部にいたら、成績上がるよ〜」
わたしにそんなことを、笑顔で話してくれたっけ。
ま、まぁさ。
美也ちゃんはもちろん、二年生たちも。
成績いいからなんとなく……。
わたしも、一年なりにやっとこっかな、とは思ってて。
べ、別に。
わたしの成績をアイツが気にするなんて思わないけど。
一応、ね……。
翌朝、リビングにいって。
「おはよう」
両親に声をかけると、そのあとで。
「……最近、由衣がしっかりしてきたよなぁ」
「あの子、高校に入って変わったわよねぇ〜」
歯磨きするときに、もう何十回目っていうくらい、聞こえてくるんだけど。
お母さん。中学から一緒の『誰かの』おかげかなとか。
そこだけは、いわなくってもいいんじゃない?
わたしは鏡の前で、栗色の髪の毛のセットを確認する。
気合いは、入れすぎない。
でも、サラサラ長髪のあの先輩とか。
チャーミングな玲香ちゃんに、すぐに会うんだから。
毛先とかは一応、揃えておかないと……ね?
今朝も同じ列車で、朝の放送室で。
アイツとふたりきりで、話せる時間はない。
だから、わたしは。
「あ、あのさ……」
教室に向かう一年生の廊下で。
きょうこそはアンタに相談があると、伝えようとしたのに。
「高嶺、悪いんだけどな……」
「えっ?」
……鶴岡夏緑と、話しがあるから。
放課後は、先に部室にいってくれと。
わたしはアイツに『断られた』。
「ん? どうかしたのか?」
「な、なんでもない……」
わたしより、ずっと付き合いの短い同級生。
四年間一緒に過ごしている、このわたしより。
ついこの前きたばかりの、同じ部活のあの子と話すほうが。
アンタにとっては、大切ってことなわけ?
「なんと、奇遇だねぇ。わたしもウナ君に、相談したいことがあったんだよ〜」
あ、そうなんだ。
……っていうか、一年生の廊下。
最近三人でいつも、歩いてたもんね。
ありがとう、夏緑。
わたしが『邪魔してたって』、教えてくれたんだね。
いつのまにかふたりが。
そんなに、近かったなんて……。
わたし……。
ちっとも知らなかったよ……。
……だから次の、休み時間。
たまたま、『その子』と会ったとき。
「えっと、高嶺由衣さん……」
「あ、あぁ。こないだの話しだよね?」
「うん……」
「ちょっと、前向きに考えてみるね」
わたしは、アイツに相談する前に。
そう勝手に、回答した。
もう、あとはどうにでもなればいいから。
そう思ってわたしは、『その子』に返事をした。
……迎えた、放課後。
ウナ君が、真面目な顔でわたしを見る。
「鶴岡さんと話すのに、適切な部屋かは微妙だけれど……」
非常に、プライベートなことだからと。
ウナ君はそういって。
……ひと気のない『その部屋』に、わたしを連れてきた。
「ねぇ? いったいどんな話しを、するつもり?」
なんだか、いいにくそうなその顔に。
たとえ聞いても、答えにくそうな顔に。
わたしから、聞くしかないと思った。
「部活のことじゃ、なさそうだけど?」
「ま、まぁ……」
「わたし自身について、とか?」
……ウナ君は、小さくうなずくと。
「僕の苦手、というか……」
非常に不得手な、『恋愛のこと』だけれど。
「十二月、というか。『クリスマスの前』には……」
話しをしないといけないから……と。
とても真剣な顔で、わたしを見つめてきた。
……よりによって、きょうが日直だなんて。
「えっ、月子?」
「あとで日誌は書くから。カバン、お願い!」
事情を知らない陽子に、あとはまかせて。
わたしは、海原くんのいる部屋へと急いでいる。
夏緑の心に、まさかあの海原くんが。
こんなに短期間で、『深入り』することになるなんて。
……恋とか、愛とかなんてよくわからない。
それに『クリスマスの前』という時期が大切らしいけれど。
それにしても、この展開は急すぎる。
本当にわたしが、『ふさわしい』のかなどわからない。
ただ、いまはとにかく。
海原昴と、夏緑のふたりだけにはしておけないから……。
渡り廊下の、カエデの木の近くを抜けて。
体育館に向かっている集団のあいだを、縫うようにして。
その先にある、講堂へ。
講堂の中にある、機器室へ。
わたしは、海原くんのいるその場所へと。
どうにか、まにあせわようと。
「すいません、とおしてください!」
……必死で、駆けていた。